歴史改変SF パヴァーヌ
キース・ロバーツ著の小説、「パヴァーヌ」を読んだ。
14件
キース・ロバーツ著の小説、「パヴァーヌ」を読んだ。
今回は一風変わった歴史改変SF,「ヒト夜の永い夢」を紹介したいと思います。 舞台は昭和初め、博物学者南方熊楠のもとへ超心理学者福来友吉が訪れます。彼に誘われ参加したのは昭和考幽学会というあらゆる物事について考え討論する奇妙な学会でした。 そこで彼らは新天皇即位を祝う独自行事を考えます。そうして考え出されたのが粘菌を使って思考する生体コンピュータを持った人形、「天皇機関」の開発でした。 生み出された少女型のロボット、天皇機関を天皇に献上すべく独自の列車に乗り込む昭和考幽学会の面々でしたが、天皇機関は独自の思考をはじめ自体は思わぬ方向に向かっていきます。 著者である柴田勝家(本人の写真がネットにありますがほんとにそれっぽいです)は民俗学を学んでいた人物で、これまでも民俗学をテーマにしたSFを何本か書いていますが、本書では昭和初期の実在の人物たちが次々登場し、夢とも現実ともつかぬ物語を繰り広げます。僕はあまり歴史に詳しくないのでどこかで聞いたことある人たちだな、位の感想しか持てなかったのですが、より詳しい人たちならさらに楽しめると思います。物語全体の雰囲気も昔何度か読んだことのある昭和の伝奇小説のようなエログロナンセンスの独特の調子と雰囲気を持っていて気づけばのめりこんでいます。 さて、彼らの手を離れてしまった天皇機関ですが、自身の胞子を使い夢とも現実ともつかない世を作り出していきます。それを用いた二・二六事件勃発を収めるため、南方熊楠たちは學天則の後継機を開発し大混乱の帝都へと乗り込みます。物語は熊楠が幼いころに見た夢から始まりますが、幾人もの夢と現実が交差していく過程で幻想的ながらも生々しいクライマックスへと進んでいく過程はエンターテイメントとしても一級品です。 歴史改変SF,幻想小説などあらゆる角度から楽しめる一冊なので歴史好きからファンタジー好きにまでお勧めできます。 ヒト夜の永い夢-ハヤカワ・オンライン
今回は明日9月17日にシリーズ最終巻が発売される歴史改変SF「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」、続編の「メカ・サムライ・エンパイア」を紹介したいと思います。 第2次大戦で枢軸国が勝利した世界、と言えば多分ここにいる人の大半が一度は想像したことがあると思います(?)。このシリーズはアジア系アメリカ人が枢軸国が勝利し世界を支配した世界を描くシリーズです。 アメリカは西側を日本、東側をナチス・ドイツに緩衝地帯を挟んで分割統治されています。 第1作、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」ではサンノゼに原爆が投下されたシーンから物語は始まり、アメリカが勝利した架空の世界を描く違法ゲーム、「USA」の出自に関わっているとされる六浦賀将軍を特高警察の規野と電卓(スマホみたいなもの)ゲームのプレイ履歴から反乱分子をあぶりだす仕事をしている石村大尉が追いかけます。 表紙にでかでかと巨大メカが載っているのにほとんど出てこないので表紙詐欺とか言われますが、サスペンス・ミステリー調でスリリングな展開が次々起きるのでメカが出てこなくても十分に面白いです。ちゃんと終盤ではメカ同士で戦うのでご安心ください。 第2作、「メカ・サムライ・エンパイア」では大人たちの陰謀劇から一転、両親をテロで失った少年がメカ(大日本帝国の最強兵器。ナチスドイツは生物から作った怪獣みたいな兵器を使う。)パイロットを目指す成長物語になります。この作品だけでも楽しめますが、前作から続投する人物が何人かいて、前作を読んでいると意外な因縁がわかるので先に前作を読んでほしいです。 もちろんアメリカを支配する大日本帝国はディストピアなわけですが、このシリーズで好きなのは表面ではすさまじい発展を遂げていることです。第1作の舞台は1988年ですが、大半の病気は治療可能となり、高層ビルの立ち並ぶ街を自動運転車が走り回っています。イメージとしては現在の中国が近い、体制に批判的な人物への弾圧と経済的な発展を併せ持つ世界が広がっています。そして登場人物たちもただ体制に抗おうとしたり盲信したりするのではなく、それぞれが独自の思想や信念を持っており魅力的です。 シリーズ最終巻「サイバー・ショーグン・レボリューション」は明日発売で、多分前2作も同時に書店に並ぶと思うのでぜひ手に取ってみてください。 ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン-ハヤカワ・オンライン メカ・サムライ・エンパイア-ハヤカワ・オンライン サイバー・ショーグン・レボリューション-ハヤカワ・オンライン
ハロウィンオカルト小説紹介第2弾として今日は「虚ろなる10月の夜に」を紹介したいと思います。 19世紀イギリスの有名な物語の登場人物たち、切り裂きジャックや吸血鬼、フランケンシュタイン博士、シャーロックホームズたちがハロウィンの夜に行われるクトゥルフの神々の復活をめぐるゲームに挑むオカルト小説です。 10月の終わりに行われる旧き神々を崇拝する者たちと復活を阻止しようとする者たちの2陣営に分かれ繰り広げられる儀式を前に、切り裂きジャックは使い魔の犬スナッフとともに古い村に訪れます。 物語は使い魔スナッフの視点で展開され、村に着いた10月1日から各自が儀式の準備を進めていく中で各参加者たちが互いにどちらの陣営なのか探り合い、注意深く情報を交換していくさまが1日ずつ描かれていきます。 儀式のための準備はそれぞれ独特で、切り裂きジャックは独自の魔術のために様々な素材を集めていき、ほかの人物たちもいけにえを捧げるなど独自の準備を進めていきます。 この作品の読みどころは様々な小説の登場人物たちがわき役ながらもしっかりと出番があるところでしょうか。シャーロック・ホームズなどは本人の名前は出てこず、ただ探偵とだけ呼ばれゲームの参加者でもありませんが要所要所で現れ重要な役を演じるので出番が少ないのにも関わらず存在感が絶大です。ドラキュラ伯爵やフランケンシュタイン博士たちもゲームの中でそれぞれ独自の思惑で動き、切り裂きジャックと交わっていきます。 また、ファンタジーものでありながら、どこか地に足の着いた描写も独特で好みです。ゲームが実際に行われる10月31日まで互いに直接戦闘することはほとんどありませんし、ゲームそのものも魔術のぶつけ合い出会って直接殺しあうわけではなく、ルールにのっとって粛々と進められていきます。彼らの使う魔術もそれぞれ独特で描写を読んでいるだけで面白いです。 虚ろなる十月の夜に|文庫|竹書房 -TAKESHOBO- <https://www.amazon.co.jp/dp/B077T66G8T/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1>
あけましておめでとうございます。 今回は以前紹介した「星系出雲の兵站」の著者、林譲治の新シリーズ、「大日本帝国の銀河」を紹介しようと思います。 始まりは昭和15年6月、秋津俊雄は電波兵器の研究を名目に和歌山県で電波天文台の建設に取り組んでいました。その背景には以前の日食の際にオリオン座方向から波長21㎝の指向性の高い電波が検出されたことがありました。そんな中、秋津は中学時代の同級生で海軍に所属する武園に連れられ、自身は火星から来たと主張する火星太郎なる謎の人物と彼が乗ってきた未知の大型四発機を見せられます。 それからしばらくしてに交戦状態にあるドイツとイギリスでも似たような大型四発機が出現、そして射殺された四発機の乗組員を解剖した結果、肉体の内部構造が人間とは異なることも見いだされます。 林譲治はもともと架空戦記でデビューし、第2次世界大戦での日本軍の兵站についての本も出版しているなど、第2次大戦には造詣の深い人物です。今回始まった新シリーズは元から得意である架空戦記に星系出雲の兵站でも描いたたようなファーストコンタクトをミックスした得意分野を集めたようなSFなので今後の展開に期待が持てます。 第1巻の時点で異星人について様々な謎が提示され、また歴史も彼らの干渉によって異なる道を歩み始めます。正直僕はこの時期の歴史についてはあまり詳しくないのですが、ミリタリーや歴史好きな人であれば僕よりもさらに楽しめると思います。 <https://www.amazon.co.jp/gp/product/B08R9X5ZLT/ref=dbs_a_def_rwt_hsch_vapi_tkin_p1_i0>www.amazon.co.jp
第1回はサイバーパンクの創始者、ウィリアムギブスンと同じくサイバーパンク小説の名手、ブルース・スターリングの共著「ディファレンス・エンジン」です。 チャールズ・バベッジの解析機関、と言えば皆さん一度は聞いたことがるかもしれません。いうなれば歯車式のコンピュータで、パンチカードという穴の開いたカードを使ってプログラミングすることが可能でした。これは実際には制作されませんでしたが、解析機関よりも限定的な計算ができる階差機関、と呼ばれる機械も考案しており、こちらは実際に制作されイギリスの博物館に展示されています。 物語に登場するのは解析機関ですが、この小説では現実の歴史との差(difference)を考えながら読む、という一面もありこのディファレンス・エンジンというタイトルが採用されています。 チャールズバベッジによって解析機関が完成し産業革命と情報革命が同時に起こった1885年のロンドン、アメリカは南北戦争によって崩壊しいくつもの独立国家が勢力争いを繰り広げ、イギリスでは貴族は実力制となり、イギリス艦隊によって開国した日本では福沢諭吉たちが英国に秘密留学しています。 そんな我々の知る世界とは異なる歴史を歩んだ世界、古生物学者エドワード・マロリーは蒸気自動車レースで暴漢に襲われた女性を救います。その女性の名はエイダ・バイロン、解析機関の女王の異名を持つ彼女を救ったことでマロリーは陰謀に巻き込まれていくことになります。 彼ら以外にも日本からの秘密留学生やロンドンの機械式投影映像作家など、様々な人物が巨大な陰謀にも巻き込まれてゆく群像劇となっています。 正直訳がかなり古くて読みにくい部分なんかも多いのですが、ファンタジーに振り切った多くの作品と違い、絶妙に現実的なラインをたどっていく一作になっています。 早川新訳出してくれませんかね。
第2回はスチームパンクとタイムトラベル、パラレルワールドを組み合わせたSFシリーズ、「大英帝国蒸気奇譚」を紹介したいと思います。 この小説は「バネ足ジャックと時空の罠」「ねじまき男と機械の心」「月の山脈と世界の終わり」の三部、すべて上下巻に分かれているので計6巻で構成されています。 部を通して主人公は実在した冒険家、リチャード・バートンです。第一部、バネ足ジャックと時空の罠はバートンが史実の通り、ナイル川の源流を探す冒険から帰還したところから始まります。とはいえ史実とはだいぶ異なる歴史を歩んでおり、1840年のヴィクトリア女王暗殺が成功したためヴィクトリア朝は始まらず、ロンドンでは蒸気機関と改造生物が闊歩しています。 そんなロンドンに帰還したバートンはなぜかロンドンにはびこる様々な問題を解決するための密偵に任命され、ロンドン各地に出没するという人狼の謎を解明するよう命じられます。 早速調査を始めた矢先、彼を敵視する謎の人物、「バネ足ジャック」が襲い掛かります。 第一作ではバネ足ジャックとマッドサイエンティストの陰謀を軸に物語が繰り広げられますが、第2部、第3部ではますますスケールが広がり最終的にはオーバーテクノロジーの兵器がいくつも投入された英独戦争がはじまります。 さて、スチームパンクと言えば蒸気機関を駆使した様々なガジェットですが、本作では蒸気機関ともに改造生物の技術も発達しており、巨大化させた馬など様々な用途に応じて特定の生物が生み出されています。そして第2部、第3部では巨大化させた昆虫の中身をくりぬいて蒸気機関を入れた乗り物なども登場してきます。個人的に気に入っているのは主人公が途中で使用する毒針を発射する改造サボテンの銃、最終巻でドイツが使用する中が要塞になっている巨大なボールです。他にも面白い機械、改造生物が出てくるのでそれを見ているだけでも楽しめます。 SFとしてみても、タイムトラベルや歴史改変、並行世界など様々な要素が盛り込まれた作品で、ロンドンを舞台とした陰謀劇が繰り広げられる1部と2部、バートンが冒険家として再びアフリカを冒険する3部など、物語のバリエーションが多く、ボリュームがあっても飽きることはありません。
第3回は伊藤計劃と円城塔の共作、「屍者の帝国」を紹介したいと思います。 ヴィクター・フランケンシュタインによる死者蘇生技術が一般化し、死者が一般艇な労働力として使われるようになった時代、ロンドン大学の医学生、ジョン・ワトソンは政府の諜報機関「ウォルシンガム機関」から諜報員に任命されます。 そしてワトソンと彼に与えられた記録用屍者フライデー、冒険家バーナビー大尉とともにヴィクター・フランケンシュタインの残した「意志を持った屍者」を作り出す方法の記された「ヴィクターの手記」を探す旅が始まります。 本来伊藤計劃が3番目の長編として執筆していましたが、プロローグを書いた段階で亡くなってしまったため、友人であった円城塔が遺稿を引き継ぎ完成させたものが本書になります。 伊藤計劃は映画やゲームに大きく影響を受け、映像的で読みやすい描写をする作家だったのですが、逆に円城塔は以前紹介したように小説でしかできないような表現を多用し悪く言えば読みづらい作家ですので、プロローグが終わると割と読みにくくなってしまうのですが、死体が当たり前のように動き回り、巨大解析機関や海底ケーブルによる高速通信が大々的に行われている(まあ現実でも1850年代に大西洋横断電信線は開通しているのですが)世界でヴィクターの手記を追いながら世界を旅する魅力的な一作になっています。 終盤では潜水艦ノーチラス号やロンドン塔に作られた巨大解析機関なども登場します。 この作品は映画化されており、貴重なスチームパンクのアニメ映画となっています。原作からだいぶストーリーは変わっているのですが、こちらはこちらで十分面白いのとやはり映像で動く機械や労働力として働く死者が見れるというのは大きいです。 屍者の帝国 伊藤計劃×円城塔 | 河出書房新社 「Project Itoh」2015年劇場アニメ化公式サイト
第4回は「リヴァイアサン:クジラと蒸気機関」から始まる三部作を紹介しようと思います。 遺伝子操作された生物を産業の基盤とするイギリスやフランスを中心とした「ダ―ウィニスト」、蒸気機関やディーゼル機関を駆使するドイツがメインの「クランカー」の二つの派閥に分かれた1914年のヨーロッパでオーストリア大公夫妻の暗殺事件が起こります。両親を暗殺された公子アレックは自身も何者かに命を狙われ、数少ない臣下と二足歩行ロボットに乗り込み宮殿を脱出します。 一方のロンドン、空にあこがれる少女デリンは男装して英国海軍航空隊に志願、どうにか合格し大英帝国の誇る巨大飛行獣、リヴァイアサンの乗組員に任命されます。 リヴァイアサンはダーウィンの親戚で著名な遺伝子学者であるノラ・バーロウ博士を乗せ、親ドイツ化がすすむオスマン帝国の皇帝を説得するよう命を受けます。 しかしリヴァイアサンは攻撃を受けアレックの避難した雪山の隠れ家の付近に墜落、彼らは運命的な出会いを果たすことになります。 さて、ここまで紹介したとおり、王道のボーイ・ミーツ・ガールのストーリーが展開されます。王道の物語というのはやはり読んでいて安心感がありますし、細かい設定や描写もしっかりとしており、主人公たち以外のキャラクターも立っていて、全体的にとても読みやすく面白い作品に仕上がっています。 最初に説明したとおり、改造生物を駆使するイギリス側と機械技術を駆使するドイツ側に分かれているのでスチームパンク色は薄いと言えば薄いのですが、改造生物たちも、第1巻のタイトルになっているクジラを改造し巨大飛行船のような構造になっているリヴァイアサン、伝言を伝えるトカゲ、鉄並みの強度を持たせた木なかなか面白いですし、機械技術が駆使された都市なども途中で出てきます。 他にもおすすめのポイントとして、巨大飛行獣リヴァイアサンを使って世界をめぐる物語になっていることです。改造生物たちの闊歩するロンドンから機械技術が駆使され歩行機械があるきまわるイスタンブール、機械技術と改造生物が共存する東京、世界最大の機械都市ニューヨークなど、様々な特色を持った都市を旅してまわるので全く飽きません。また旅の途中もしっかりと描写され、飛行船で旅をするワクワク感を存分に味わうことができます。 日本は開国の時機械技術と改造生物技術が同時に流入したという設定のため、途中で訪れる都市の中でもひときわ異彩を放っていて面白いです。また日本軍が使う河童という名前の付いた改造生物兵器がなかなかえげつなくて気に入っています。 それだけでなく、本のあちこちに挿絵が描かれており、奇怪な改造生物やロマンあふれる機械たちを美麗なイラストで見ることもできます。 全三巻、王道ボーイ・ミーツ・ガールに緻密な設定と確かな描写が組み合わさったとても出来のいい作品ですので是非読んでみてください。
一日空いてしまいましたが第5回はミステリとスチームパンクを掛け合わせた一編、「スチームオペラ」を紹介しようと思います。 蒸気機関が発達した世界、エーテルが実在しそれを利用した空中船が空を飛ぶ巨大都市、そこではエマという少女が高名な冒険家である父の船を迎えるため空中船発着場に向かっていました。 船に入ったエマはガラスの箱の中に閉じ込められた少年を発見し、彼を解放指定しまいます。そして彼女は名探偵ムーリエとともにこの巨大都市で起こる様々な不可能犯罪を解決することになります。 さて、ミステリとスチームパンクを掛け合わせた本作はミステリとしてみると(ミステリあまり詳しくないのですが)スチームパンク世界特有の制約がトリックを解くカギになっていたりするなど完成度が高く楽しめます。 スチームパンクとしてもジューヌ・ベルヌの作品に出てくる様々な発明が登場したりするなど、あちこちに楽しめる小ネタが仕込まれています。 ストーリー自体も王道を行ってわかりやすいため割と気楽にサクッと読める一作になっています。 まあ個人的にはスチームパンクは混沌とした世界であってくれると好みというか、完全な理想世界を描いてそれと別のものを対比するような構造があまり好きではないのですが(詳しくはネタバレのため控えますが)。 まあ、読みやすくきれいにまとまっているので読んで損をする作品ではないです。 スチームオペラ 蒸気都市探偵譚 - 芦辺拓|東京創元社
スチームパンク特集第6回は趣向を変えて漫画「黒博物館 スプリンガルド」を紹介しようと思います。 第2回で紹介した大英帝国蒸気奇譚でも出てきたバネ足ジャックを中心としたサスペンスです。 バネ足ジャックはロンドンでかつて実際に話題になった実在の怪人で、有名な切り裂きジャックの数十年前に現れた人物です。突然現れ火を噴きかけたりナイフで刺して逃げる、と言われたり、追跡した警官が数メートルある壁を飛び越えるのを目撃した、といった証言が残されていますが、実際に殺人を犯した切り裂きジャックとは異なり、バネ足ジャックが人を驚かす以上のことをした、という記録はなく、実在したのかも定かではありません。 とはいえそこそこ有名な都市伝説です。 さて、本書ではバネ足ジャックが出現したのは1837年、突然夜道で女性の前に現れかぎづめで脅して去っていく怪人バネ足ジャックについて警察も捜査を始めます。捜査主任のジェイムズ・ロッケンフィールドは有力侯爵ウォルターに目を付け逮捕寸前まで追い詰めますが、突然犯行が止まってしまい逮捕できずにいました。 それから3年、再び現れたバネ足ジャックはただ女性を脅すだけでは終わらず、殺人に及ぶようになります。 漫画自体は1巻で完結する短い作品ですが、刑事ジェイムズや対する侯爵ウォルターなどなかなか癖の強いキャラたちが織り成す物語が1巻に凝縮されており、過不足のない構成によってまとめられているので1巻で必要十分だと言えます。 社会自体が変わっているわけではないのでスチームパンクと呼べるかは(僕の内部基準では)微妙なラインですが、漫画として純粋に面白いです。 巻の中にミステリ、スチームパンク、猟奇ホラーと様々な要素が詰め込まれながらも見事にまとまっている作品です。 直接的な関連はない第2巻と続編が収録された「黒博物館 ゴーストアンドレディ(上下巻)」も発売されていますので、ぜひどうぞ。 <https://www.amazon.co.jp/dp/B00AIKXRAW/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1>
今回紹介するのは「大日本帝国の銀河」です。 前回一月に第一巻を紹介しましたが、第二巻が発売されました。今後も三ヶ月ペースで刊行される予定です。 さて、一巻二巻まとめてあらすじを紹介しますと、日中戦争、太平洋戦争の時代を舞台にした歴史改変、ファーストコンタクトもののSF小説です。 第一巻の始まりは満州での日食の観測時、オリオン座の方向から指向性の高い電波が検出されるとこりから始まります。それから何年か経った昭和15年、天文学者の秋津は和歌山に電波兵器の研究という名目で電波天文台を建設していました。 そんな中、秋津の中学時代の同級生で海軍軍人の武園が現れ、彼に火星太郎を名乗る不審な人物と彼の乗ってきた未知の大型四発機を見せます。 そして未知の大型四発機はイギリスとドイツが会敵した海にも出現し、両国の軍艦を瞬く間に撃沈してのけ、混迷の中にある世界情勢の中、地球人や宇宙人の思惑が交錯していきます。 第二巻では異星人の目的が不明なまま、彼らの強大な技術力が次第に明らかになっていきます。人工衛星に始まり、軌道上と大気圏を行き来する往還機など、現代であっても不可能な技術も出現し、地球人はまずその概念を理解する所から始めなければなりません。 一方地球でもドイツ内部ではソ連との開戦を避けるべく一部勢力が動き出し、日本国内でも総力戦に備えた政治体制の確立を目指す人々が現れます。さらに異星人の技術をもとにしたとある発明品が完成することになります。 さて、このシリーズの作者である林譲治は前作星系出雲の兵站でも政治劇とファーストコンタクトを絡めた見事なSFを描きましたが、今作でもその腕は健在で、もともと仮想戦記の作家であることもあり、政治や社会の描写はかなり真に迫っています。日本軍の意思決定や兵站についての研究書も何冊か出版している人物でもあり、作中の大日本帝国の政治システムに関する描写などそこだけでも面白い位です。また星系出雲の兵站ではコミュニケーションの取れない相手との戦争でしたが、今回はコミュニケーションは取れるけれども何処かチグハグで、相手の目的が読めません。地球人は地球人でまず宇宙人という概念の理解から始めなければいけません。 SF映画で宇宙人が攻めてくるとき、いくらでも宇宙にある資源を何故わざわざ地球に取りにくるのか、人間より遥かに使いやすいロボットを作れるのになぜ地球の支配を目論むのか、不思議に思うことも多いですが、このシリーズではそれらの疑問にもしっかりと触れられます(真の彼らの目論みは未だ不明ですが)。 それだけでも十分魅力的な題材ですが、さらに異星人の干渉による歴史の変化、どうしようもない武力の差の前に人類はどうするのか、その前に第二次世界大戦真っ最中の世界はこの脅威の前に団結することはできるのかなど、幾つもの事態が同時進行していくため全く先の読めないストーリーが展開されていきます。 今なら東工大の生協で10%オフで購入できますし、一冊はそこまで分厚くない文庫本です。ハリウッド的な宇宙戦争に飽き飽きしている人、第二次世界大戦や旧日本軍に興味のある人、仮想戦記や歴史改変ものが好きな人など、様々な人が楽しめる魅力に詰まった作品ですのでよろしくお願いします。
さて、今回はついさっき読み終わったSF仮想戦記シリーズ「宇宙戦争1941」「宇宙戦争1943」「宇宙戦争1945」を紹介しようと思います。 物語の始まりは日本軍の真珠湾攻撃から始まります。アメリカの太平洋艦隊を攻撃するため真珠湾に向かった日本軍でしたが、そこで見たのは燃え上がるアメリカ軍基地と歩き回る三本足の巨大な機械を目撃します。 そのときアメリカ、イギリス、ドイツ、ソ連各国で同様に巨大な三本足の機械が目撃されていました。 さて、題名とここまでのあらすじでわかると思いますが、H・G・ウェルズのSF小説、「宇宙戦争」のオマージュ、というかそのまんま続編です。 宇宙戦争から41年、火星人たちは前回の敗因(一応ネタバレ防止のため書かないでおきます。宇宙戦争自体とてもよくできたSFですのでぜひ読んでみてください)を克服し、トライポッドのほかにも航空兵器を携えて再び第二次世界大戦真っ最中の地球へ侵略を始めます。 さて、もともと作者の横山信義は仮想戦記の作者として知られる人物で、このシリーズでもその手腕がいかんなく発揮されています。 純粋なSFとしてみると第二次世界大戦の戦力で火星人に勝てるようにするために少し無理のある行動を火星人がとったりしますが、第二次大戦の世界中の軍隊が集まり火星人相手への反撃ののろしを上げるさまはなかなかに熱い展開です。
今回は未完の歴史改変宇宙開発SF,「遥かなる星」全三巻を紹介しようと思います。 作者である佐藤大輔は仮想戦記作家として有名な人物ですが、シリーズものを途中まで書いて投げ出す悪癖で知られており、残念ながら本シリーズも3巻までで中断しています。また2017年に本人が亡くなっているため、永遠に中断したまま、ということになります。 とはいえ3巻まででも十分に楽しめます(まあいいところで終わるので続きが一生気になりますけどね) 「遥かなる星」はキューバ危機から第3次大戦がはじまり、アメリカ合衆国が滅亡した世界で日本が宇宙開発を目指す物語です。1巻が第3次大戦による滅亡までの物語、2巻3巻が奇跡的に核兵器から逃れた日本がいずれ起きるであろう第4次世界大戦から逃れるため宇宙を目指す物語となります。 一般に宇宙開発と主な動機として描かれるのは開拓や新たな世界へのロマンといったポジティブな感情ですが、この物語で宇宙開発を推し進めるのは今度こそ世界すべてが滅ぶであろう第4次世界大戦から逃れるため、宇宙に住処を作る、という極めてネガティブな理由です。 しかしそんな世界であっても人々はロケットや宇宙に自らの夢を乗せ、そして現実とのずれに葛藤しながら開発を進めていきます。 もともと極めていリアルな仮想戦記を書くことで知られている作家だけあり、第3次大戦に至る過程、第3次大戦後の世界についても緻密に描かれ、物語の説得力を増しています。 宇宙開発のめどが立ち、役者もそろったところで終わってしまう本シリーズですが、異色の宇宙開発SFとして十二分に楽しめるものとなっています。 遙かなる星 1──パックス・アメリカーナ-ハヤカワ・オンライン