#短編集

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無名祭祀 感想

ロバート・E・ハワードのクトゥルフ神話集、「無名祭祀」を読み終えた。 無名祭祀 クトゥルー神話原典集成 「剣と魔法の時代」というものを生み出した人物の一人であり、生前ラヴクラフトとも親交があったロバート・E・ハワードが書いたクトゥルフ神話ものを一冊にまとめたもの。ボリュームは驚異の600ページ越え。 主に剣と魔法の時代ものと、現代伝奇もの(とはいえ書かれたのが100年近く前なのでその時点での「現代」だが)に分けられる。 剣と魔法の時代ものでは「ハイボリア時代」というハワードの代表的なシリーズ「蛮勇コナン」(未読です)や古代ローマ時代、バイキング時代などにうごめく太古の怪物が、現代伝奇ものでは20世紀アメリカ、ヨーロッパで起こる奇妙な出来事を描いている。 もともと強い男性が敵を倒す、ヒロイックな物語を書いている人物であるだけあり、ラヴクラフトの陰鬱とした物語と比較して邪悪な妖術師との対決や怪物に立ち向かう人間など、などより分かりやすく力強い物語になっている。 クトゥルフ神話TRPGなどの昨今のクトゥルフ神話ものの源流はこちらの影響もあるのかもしれない。 以下ネタバレ全開

黄衣の王 感想

「SIGNALIS」というSFホラーゲームをプレイし、「黄衣の王」がクトゥルフ神話の架空の産物ではなくクトゥルフ神話誕生以前から存在する短編集だと初めて知った。

人間たちの話

なんかディストピア作品を紹介されたので最近読んだディストピア作品の紹介でもしましょう。 著訳者,ア行,イ,柞刈 湯葉 | ハヤカワ・オンライン|柞刈湯葉>の短編集、「人間たちの話」に収録されている「楽しい超監視社会」です。 984年、世界はオセアニア・ユーラシア・イースタシアと呼ばれる3つの全体主義国家に分割されていた。各国は徹底した監視体制と永続戦争により一党独裁を確立し、その統治は永遠に続くように思われた。しかし1991年にユーラシアが内部崩壊し、ロシア共和国をはじめとする複数の国家に分裂すると残る2大国も大幅な政治改革を余儀なくされた。完璧な管理社会は瞬く間にグダグダになり、やがて世界は2019年を迎えた… という冒頭から始まる、ディストピア小説の金字塔「1984年」(漫画版しか読んだことないですすみません)のパロディ小説です。イースタシア(全体的に大日本帝国っぽい)国民薄井澄人を主人公に、表題通りの「楽しい超監視社会」が描かれます。国営SNSのような仕組みで上手く本音を隠しながら相互監視に励む国民たちは彼らなりに幸せに生きていますが、我々から見たその世界は歪で不気味です。不気味であると同時に今の社会の延長線上にある社会をぜひ体感してみてください。 短編集ということでテイストの異なる短編がほかにも収録されています。氷河期が来た日本列島を淡々と旅する「冬の時代」、生命と言えなくもない火星の現象と、一人の科学者、そして子供の物語「人間たちの話」、消化器官の構造が全く違う異星人たち相手にシリコンの麺に重油のスープやら原始銀河の元素構成を再現したスープなどを提供していく「宇宙ラーメン重油味」、部屋に突然岩が現れた男の穏やかな生活「記念日」、世界と作用を与えられない本当の意味での透明人間の悲喜こもごもを題材に科学の考え方を問う「No Reaction」です。 作者が元は生物学者(今は任期が切れて専業作家)で、人間たちの話や宇宙ラーメン重油味ではその知識と想像力が組み合わさって独特なリアリティが生まれています。 この作者は僕が好きな作家のひとりで、デビュー作「横浜駅SF」、二本目の「重力アルケミック」に「未来職安」すべておすすめなのですが、これらはまた別の機会に紹介したいと思います。 この短編集の中でのおすすめは、雰囲気で言えば冬の時代、面白さは宇宙ラーメン重油味、感情に訴えかけるのは人間たちの話やNo Reactionです。 人間たちの話-ハヤカワ・オンライン

ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム

これまでは宇宙物のSFをメインで紹介してきましたが、趣向の違うSFも紹介していきたいと思います。 今回紹介したいのはゲームを題材としたSF、「ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム」です。 舞台は2115年、ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネームという100年近く前の形式で書かれたレトロゲームレビューサイトがオープンします。 このサイトでは100年近い歴史を持つビデオゲームの中でも低評価を受けてきたゲームを分かりやすく解説していきます。 つまり、これから先の未来に発売されるゲームを、更に未来でレビューする、という体裁をとっているわけです。 この本では計21の個性的なゲームが紹介されます。仮想現実発達初期、あまりにも仮想世界を作りこみすぎたがゆえにVR酔いを大量に生み出したゲーム、カルト宗教が洗脳のために作ったゲームに慄く世間と実際にプレイしたゲーマーのギャップ、3Dプリンタ搭載で自分好みのロボットを作って戦わせる大人気ゲームの末路、「月面で最初に作られたゲーム」という称号を得るために残念なことになってしまったゲーム、などなど、数奇な運命に翻弄されたゲーム達が著者(発達した医療技術で100年後まで生き延びた著者本人です)によって懐かしげに語られます。 著者は現実でも低評価を受けたゲームをレビューしており、この小説はその活動の延長としてカクヨムで連載されていたものを改稿し出版したものになります。 この本の魅力はやはり著者の圧倒的なゲーム愛を感じられることでしょう。存在しない架空のゲーム、しかも未来に存在するはずのゲームなのに、圧倒的な熱量をもつ語り口を聞いている間に不思議と懐かしい気持ちにさせられます。犬用に開発されたゲームをどうにかして遊ぼうとしてみたり、BMI(ブレインマシンインターフェース)を搭載したゲームが電子ドラックとして扱われるのを複雑な思いで眺めたり、中国でしか遊べない中国産PokemonGoみたいなゲームを遊ぶためにとんでもない計画をぶち上げてみたり、レビューの随所に差し込まれる自身の(架空の)体験も妙なリアリティと熱量をもって迫ってきます。 ゲーム世界を舞台にした物語や未来のゲームを描いたゲームは多くありますが、ゲーム自体をテーマとし、ここまでの熱量を詰め込んで描かれた物語はそうそうないでしょう。 改稿前のバージョンはカクヨムで無料公開されていますのでいつでも読めます。もともとwebサイトを100年後に再現してみた、という体で進む話なのでこちらを読んだ方が雰囲気だ出るかもしれません(この紹介書くためにweb版を読み返して時間が溶けました)。ゲーム愛に満ちた一冊、普段ゲームをしない人でも少し触れてみてはいかがでしょうか。 The video game with no name(赤野工作) - カクヨム ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム

折りたたみ北京

さて今回は前回に引き続き、中国のSF「折りたたみ北京」を紹介しようと思います。 これは中国の作家7人の書いた計13の短編をまとめたアンソロジーになります。 それぞれの短編もファンタジー風味の強いものからハードSFより、思想的な色が濃いものまでさまざまな方向性を見せてくれます。 最初の短編「鼠年」は遺伝子改造された強靭な鼠を駆除する駆除隊に入った青年の見る世界の仕組みと、そこで生まれる予想外の事象が汚いけれど力強さを感じさせます。 次の短編「麗江の魚」は同じ作者ながら打って変わって幻想的な美しさを見せてくれる短編です。 他にも一人っ子政策によって少子高齢化が加速する中国での遠隔操作型介護ロボットと、それによって新しい生き方を見出す高齢者たちを描いた「童童の夏」、検閲がブラックリスト方式ではなくホワイトリスト方式になった世界の息苦しさを生々しく描いた「沈黙都市」などが続きます。 最後の二編は先日紹介した「三体」の作者劉慈欣による二編。秦の政王に使える荊軻が300万の軍隊を使い人間コンピュータを作り上げ、円周率の計算に挑む「円」、ある日突然亜光速宇宙船に乗って現れた人類の創造主「神」とのファーストコンタクト、そして文明の終わりを迎えつつある彼らと人類の交流を描いた「神様の介護係」が収録されています。 大分昔に読んだので内容を思い出せない短編もいくつかあるのですが、どれもそれぞれの美しさを持った短編集です。 個人的なおすすめは最後に収録されている「神様の介護係」でしょうか。全体的にブラックユーモアのようなものを感じる短編なのですが、緩やかながらも定められた滅亡に向かっている「神様」と、まだ生まれたばかりの文明を成長させようとする人類の対比、それぞれの心情がしっかりと描かれた短編になっています。 ついこの前文庫版も出版されましたので是非どうぞ。 折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー-ハヤカワ・オンライン 折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー-ハヤカワ・オンライン 中国SF、めちゃくちゃおもしろい──『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』 - 基本読書

ハロー・ワールド

今回は藤井太洋のSF連作短編集、「ハロー・ワールド」を紹介したいと思います。同名アニメ映画とは関係ないです。 著者の藤井太洋は元システムエンジニア、東日本大震災の原発事故の時、メディアやネットで科学が不安をあおるツールとして使われたことに反発して自費出版で小説を書き始め、kindleで販売したところ口コミで広まり、ランキング1位を獲得し本格的にデビューした、という経歴の持ち主です。このような経歴でデビューしたため、描かれる物語の考証は徹底的に行っています。 今作、「ハロー・ワールド」は自身のシステムエンジニアとしての経験を生かした物語になっています。主人公は何でも屋のような業務をこなすしがないエンジニア、文椎。彼は偶然知り合った仲間たちとともに広告ブロッカーを開発し、販売してみます。当然大して性能もよくないので売れ行きは芳しくないのですが、なぜかインドネシアで突然爆発的なヒットを飛ばします。その謎を追ううちに、思いもよらない真実にたどり着きます。これが第一の短編、ハロー・ワールドのあらすじです。おそらく著者本人の経験が多分に含まれているであろう主人公の労働環境はリアルでその業界に行こうと思っている人には参考になるかもしれません。そして彼や仲間たちが真実にたどり着いたのち、どう対処するかに対してそれぞれの正義がぶつかり合うところもまた見どころです。 その後会社の売るドローンを営業しにアメリカに行った先で出会うドローンの奇妙な行動とアメリカの実情をほんの少し描いた「行き先は特異点」、東南アジアで大規模デモに巻き込まれ、いくつかの勢力とのはざまで揺れる「五色革命」などなど、テクノロジーと今の世界の交わりを切り取った計5つの短編が収録されています。 彼の作風の良さはテクノロジーと人類への信頼で成り立っているところでしょうか。多分最近見るSF系の映画やらドラマやらはたいていディストピアとして描かれ、テクノロジーの発展に警鐘を鳴らすものが多いと思います。もちろん新しいテクノロジーには危険がつきものですし、それを解決していくことは必要ですが、過度な恐れもまた危険です。 この作品にとどまらず、藤井太洋のSF群は経験や取材に裏打ちされた緻密な考証と未来への無責任ではない希望と信頼にあふれた作品ばかりです。少し未来を切り取った物語群をぜひ読んでみてください。 <https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89-%E8%97%A4%E4%BA%95-%E5%A4%AA%E6%B4%8B/dp/4065133084>www.amazon.co.jp

セミオーシス

今回は植物型の知的生命体とのファーストコンタクトを何世代にもわたって描いた連作短編集、「セミオーシス」を紹介したいと思います。 舞台は遥か彼方の惑星、どうやら人類は危機に瀕したか、一部の人間が地球外を目指したのか、詳しくは語られませんが人間の一団が植民可能なとある惑星に降り立ちます。様々な生物がすむ惑星で苦労しつつもどうにか定住を始めた彼らでしたが、そこで古代にあったと思われる文明の遺跡を発見します。また、この世界に繁殖している竹のような植物が知性を持っていることにも気づくのでした。 この物語の特色は、植民した人類とこの惑星の知的生命である竹との交流を7世代、100年以上にわたって描くことです。地球に対しそれぞれの思いや思想を持つ第1世代と、地球を知らずこの星を故郷と思うそれ以降の世代では価値観も異なり、人口の安定しない過渡期の世代では孤独な一生を送らざるを得ない人物なども現れます。そんな彼らがそれぞれの思惑を抱えながらこの星の先住存在である竹と否応なしに共存を迫られていきます。 この植物知的生命体ですが、毒物を分泌したり動物を家畜化して使役しているあまり友好的ではない存在です。毒物だけならまだよいですが、麻薬のような物質を蓄えた実を作ることで人間を虜にするなどの手段を駆使し、交流が進めば頭脳を活性化する物質や感情を落ち着ける物質などを含んだ実を実らせるなど狡猾になっていきます。また植物群全体として知性を持つため不死である点も見逃せません。人間のことも基本的には使役動物とみなしていますが、長年をかけてこちらの条件を飲ませ、思考を変えさせていくことになります。 お互いに利用しあい、腹の内を探りながら信頼関係を気付いていき、一方統一された存在ではない人間は自らの内部でも分裂を起こしたりします。そんな異星で生き残ろうと足搔く人類7世代の物語是非読んでみてください。 セミオーシス-ハヤカワ・オンライン

第六ポンプ

今回はパオロ・バチガルピの短編集、「第六ポンプ」を紹介したいと思います。 表題作、「第六ポンプ」は出生率が低下し痴呆化が進行したニューヨークが舞台。まともな会話が成り立つかも怪しくなってしまった住人たちの中で、比較的まともな下水ポンプ施設の職員である主人公の物語が描かれます。インフラの管理がされなくなり、少しずつながら確実におかしくなっていくニューヨークでついに巨大下水ポンプの一つが停止し、主人公はその原因を調べるため奔走します。 同じ作者の長編小説「ねじ巻き少女」と同じ世界で繰り広げられる「カロリーマン」では石油資源が枯渇し、特許で管理された遺伝子組み換え作物と筋肉をエネルギー源とするアメリカでとある荷物を運ぶ仕事を請け負った男の逃避行を描きます。 大渇水となったアメリカで水の権利を持つカリフォルニア州に水を差し押さえられる中、水を貯える植物を違法に収穫する「タマリスク・ハンター」、不死となった人類社会で人口を制限するために新生児を処分する仕事をする主人公を描く「ポップ隊」、機械か遺伝子改造動物しかいなくなった世界で本物の犬に出会う「砂と灰の人々」、巨大生体都市が育ちつつある中国でダライ・ラマの人格の入ったデータキューブを手にしてしまった少年の冒険を描く「ポケットの中の法」など、薄暗い絶望に包まれた世界で生きる人々を描いた短編全10編が収録されています。 どの短編も緩やかに荒廃していく世界の閉塞感や絶望感、そして時折その中に混じるわずかな希望をとてもうまく表現しています。 <https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/235002.html>www.hayakawa-online.co.jp

生まれ変わり

「生まれ変わり」は純文学の書き手でもあるアメリカの中国人SF作家、ケン・リュウのSF短編集です。 同じく彼の短編集、紙の動物園はSFや純文学、ファンタジーなど様々な要素が読める短編集ですのでまた紹介するかもしれないです。 まずは表題作、「生まれ変わり」。地球を訪れた異星人と共存を始める人類ですが、人格とは無数の人格の集合体である、という前提から始まる彼らの法体系が大きな齟齬を引き起こします。精神の一部を改変する技術を持つ彼らは、犯罪を起こした人物に対して犯罪を犯した部分だけを消去し「罰する」ことで処分とします。強大な力を持つ彼らに対して受け入れられる人間とそうでない人間の考えの違いが軋轢を引き起こしていきます。彼らの合理的ともいえ、ある面では確かに正しい法制度と、過去の過ちが人類基準で正されていないことに対する怒り、どちらにも説得力を持って描いているのに唸らされます。 「介護士」では失敗の多い介護ロボットを購入した老人と家族ですが、老人はそのロボットと生活していく間にその裏の仕組みに気が付いていきます。 神々は~で始まる三作の連作短編ではとある契機で発生した意思を持った人工知性たちに翻弄される世界が描かれ、短編3つなのに映画一つ見たような気分になります。 「ビザンチン・エンパシー」ではNGOといった組織に頼らず、ブロックチェーンやVRを駆使して直接貧困地域を支援しようという発想を、推進しようとする側とNGOの調整係二人の視点から描きます。革新的なアイデアは確かに進歩をもたらしますが、すべてが上手くいくわけでもなく、そしてそれらを双方の立場から描いていくことで説得力を与えています。 他にも様々なSF的アイデアとそれをうまく社会情勢に絡めながらしっかりと人間ドラマとしてまとめあげた短編の数々は見事の一言です。短編集で読みやすいので是非試験やレポートにつかれたときにでもどうぞ。 生まれ変わり-ハヤカワ・オンライン

リリエンタールの末裔

とりあえず今回は夏らしくさわやかな短編が含まれる短編集、「リリエンタールの末裔」を紹介したいと思います。 表題作リリエンタールの末裔の舞台は陸上の大半が海に沈んだ未来。作者上田早夕里の代表作の長編、「華竜の宮」、「深紅の碑文」や他の短編集に収録されている「魚船・獣舟」「完全なる脳髄」などで構成される「オーシャン・クロニクル」シリーズの中の一つですが、独立して楽しめるので問題ありません。物語の主人公はわずかに残る陸地で暮らす小さな部族の少年です。この部族の子供の遊びとして手作りの凧でほんの一瞬浮かんで遊ぶというものがありました。多くの子供は大きくなるに従い飽きていきますが、唯一彼だけはやめようとせず、村で管理する人工知能に質問する機会が与えられた時、空を飛ぶ方法を質問します。人工知性はグライダーで飛ぶ海上都市の富裕層で構成された同好会の存在を教え、彼の夢をかなえる日々が始まりました。 主人公である少年は部族の土地から海上都市へ向かい、やがて成長していきます。ただ空を飛ぶという純粋な夢を叶えるために様々なものをあきらめ、社会の不条理に向き合わなくてはならなくなりますが、それでも夢を忘れず前に進み続ける姿はとてもさわやかで勇気づけられるものです。 バイオフィードバック式の無人探査機の操縦士たちを描いた「ナイト・ブルーの記録」では無人機と一体化した人々が手にする新しい感覚が描かれます。無人深海探査機の情報を操縦士の感覚にフィードバックする新方式の探査機を操縦していく中で克明に描かれる共感覚を手にしていく様は、一種の障害であると世間に結論付けられてしまいますが、操縦士はそれは新しい感覚であり、素晴らしい世界への扉なのだと語ります。機械によって生み出される新しい感覚と世界を美しく描き出してくれる短編です。 中編「幻のクロノメーター」は実在する時計職人ジョン・ハリソンの経度測定のための航海用クロノメーター製作とファーストコンタクトを組み合わせた歴史改変SFです。 8世紀、経度を図るために正確な時計を作ったものには賞金が与えられることになっていました。時計職人ジョン・ハリソンはH1~H5までの5つの時計を作り、航海に十分な精度を持ったクロノメーターの開発に成功します。一方で時計の部品として使うことで一切の誤差なく時間を計ることのできる不思議な石が発見されます。かつてハリソンの家で過ごした女性の視点で語られる物語は技術に挑む人々を力強く描き、そして一つの発見によって私たちの知る歴史から大きく変化した世界の描写へとつながっていきます。この二つを破綻なく自然に結び付けているのがこの中編の素晴らしいところです。 もう一つ収録されている「マグネフィオ」では昏睡状態の夫の脳波を磁性流体によって視覚化しようとする挑戦と、記憶や感情にまで踏み込んでいく技術を肯定にも否定にもよらず描いていく物語です。 機械や技術発展を描く一方で、その技術を開発するだけでなく技術に影響をうけ人間自体が変化していく様を描き、技術に人々が注ぐ情熱ををしっかりと描写する、技術者を目指す人たちに是非読んでほしい短編集です。 リリエンタールの末裔-ハヤカワ・オンライン

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集

今回はおとぎ話をSFに換骨奪胎した短編集、「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」を紹介したいと思います。 仮想世界で暮らすのが当たり前の世界で珍しく肉体で暮らす少女シンデレラが継母に肉体の管理権を奪われ死にかけた時、魔女を名乗る人物が手を差し伸べ環大西洋連合王国の舞踏会への招待状を手渡す「地球灰かぶり姫」、引退した戦闘用アンドロイドの管理する遺伝子改造竹林にある日現れた由来不明の少女をめぐって繰り広げられる「竹取戦記」、仮想世界の楽園に暮らす姫の前に現れた醜い7人の小人を追いかけるうちに真実が明かされる「スノーホワイト・ホワイトアウト」など、誰もが知っているおとぎ話を基にしながらSF要素を巧みに織り交ぜた全6つの短編が収録されています。 個人的にはうえで紹介した3つの短編が特にお勧めです。地球灰かぶり姫は比較的元のシンデレラに近いストーリーが展開されますが、竹取戦記ではかぐや姫に皆が集まる理由が異なっており、そこから展開は同じながら全く違う意味を持つ展開へと発展していきます。スノーホワイト・ホワイトアウトはオチが一番好きな短編ですがネタバレになるのでぜひ読んでほしいです。あらすじの時点で元の白雪姫とはだいぶ違いますが、白い雪というものをうまく使ったラストの表現が秀逸です。 Amazonではよいこのための無料版と題して一つ目の短編地球灰かぶり姫が無料で公開されていますので、ぜひそれを読んで面白かったら短編集も手に取ってもらえると嬉しいです。 トランスヒューマンガンマ線バースト童話集-ハヤカワ・オンライン

ビット・プレイヤー

ビット・プレイヤー自体は好きな短編集なのですが、なぜか不気味の谷だけ内容が記憶から抜け落ちているので他の短編メインで紹介していきます(つまらない短編があった記憶はないので多分面白いと思います)。 一つ目の短編、七色覚は人工網膜を埋め込んだ少年の成長物語です。目の病気の治療のため、センサー部分に印加する電圧を変えることで反応する波長を変えられる人工網膜を埋め込んだ少年でしたが、本来人間に合わせて3原色にしか反応しないようかけられているロックを外すことで7つの原色に反応する全く新しい視覚を手に入れます。人間の資格をしのぐ情報を手に入れた彼は同じように網膜を埋め込んだ人々とコミュニティーを築きながらその力で生活していくすべを見つけていきますが、そのセンサーを使って情報を得るのに目に埋め込む必要はなく、携帯端末に標準機能として搭載されるようになり、彼らの力は特別なものではなくなっていきます。 技術によって力を得たサイボーグである主人公たちですが、その特権はやがて技術が安価になり世界中に普及していくにつれ失われていきます。それでも生きていく姿は力強いものですし、彼らの見るあたららしい視覚の描写も小説ならではで素晴らしいです。 表題作、「ビット・プレイヤー」はゲーム世界に転生する日本人ならたぶんおなじみな設定ですが、残念ながら魔法の一つも出てきません。重力が横向きに働くという雑な設定で作られたMMOらしき世界に自動生成NPCとして作られてしまった主人公は過疎ってほとんど人も来ないマップで世界の仕組みを知って利用するべく様々な実験や工作を始めます。異世界転生ものほとんど読まないのでその辺の軸での評価はできませんが結構好きな短編です。 「鍔乗り」「孤児惑星」はいずれ紹介する予定の長編「白熱光」と世界設定を共有する短編・中編です。特に「鍔乗り」の登場人物は「白熱光」にも名前だけ登場しますが、こちらを先に読んでも問題ありません。むしろこちらを先に読んだほうが白熱光の世界を理解しやすくなるかもしれません。 これらの世界ははるかな未来、銀河にあまねく広がるネットワーク世界「融合世界(アマルガム)」が舞台です。主人公はデータ化した人類の末裔。「鍔乗り」では結婚生活1万309年目の夫婦がそろそろ人生を終わりにする最後の冒険として、融合世界からの呼びかけに一切答えなかった銀河中心部の世界、「孤高世界」へ向かいます。 「孤児惑星」は「鍔乗り」「白熱光」からさらに進んだ未来。10億年近く銀河を放浪している孤児惑星タルーラですが、地中からは核分裂とも核融合とも違う未知のエネルギー反応が検出されていました。太陽もないのにどうやってエネルギーを維持しているのか、ついに融合世界と接触可能な軌道をとる瞬間が計算され、調査隊が派遣されます。そして彼らはタルーラに住む原住民との接触を果たすのでした。 どちらの話もSFらしい冒険ストーリーに徹底的にディテールを加えたイーガンらしい作品です。 ほかにも難民問題を扱った「失われた大陸」なども盛り込まれています。イーガンは科学と物語を組み合わせるSFの一つの極致といえる作家だと思っていますが、この短編集はイーガンの成果をとても分かりやすく面白い形で読むことができる短編集なのでぜひ読んでみてください。 ビット・プレイヤー-ハヤカワ・オンライン

幽霊狩人カーナッキの事件簿

そんなわけで今回はSFではなくオカルト系フィクション、「幽霊狩人カーナッキの事件簿」を紹介したいと思います。 出版は1914年と100年以上前の本ですが訳が読みやすいので今でも普通に面白く読めます。 物語の主人公、カーナッキは心霊現象の解決を専門にしている探偵で、彼の下には様々な依頼が寄せられます。この本はそんなカーナッキの解決した事件をまとめた短編集です。 この短編集の面白いところは本物の心霊現象とトリックを駆使した人為的な事件が混ざり合っていることです。よって読者は最後まで本当の怪奇事件なのか人間の仕業なのかはらはらしながら読むことになります。怪異に見せかけた殺人事件や不可能犯罪はミステリの醍醐味の一つですが、それに本物のホラーが加わる可能性まで混ざるのはこの作品の特有の魅力でしょう。 それともう一つ個人的に好きなのはカーナッキ本人に特別な能力が何もないという点です。怪異に対しては時折言及されるいくつかのオカルト文献などから得た知識によって立ち向かいますが、彼自身に人に見えないものを見たりそれらに干渉したりするような超常の力はなく、しかも人並みに怖がりなので(場数を踏んでいるので冷静に対処はしますが)毎回そこそこびくびくしながら対処に当たります。一般人よりは詳しいけれど超力者でもないプロとして怪事件に挑むのは読んでいてとても面白いです。 個人的に好きな短編を上げておくと 一番最初の一晩こもると短剣に刺される礼拝堂の謎を解く、この短編集の魅力をわかりやすく伝えてくれる一編、礼拝堂の怪、作者のホジスンの船員としての体験がふんだんに盛り込まれた魔界の恐怖、真空管駆動魔方陣というロマンアイテムが大活躍する異次元の豚あたりでしょうか。 ホジスンはクトゥルフ神話の創始者であるラヴクラフトなどにも影響を与えたとされる作家であり、クトゥルフ神話に興味のある人もその源流となった作品に触れてみると面白いかもしれません。現状紙の本の入手が難しいのですが、電子版の発売が決定しているそうなので発売されたら是非どうぞ。 W・H・ホジスン『幽霊狩人カーナッキの事件簿』電子版予定! - どんぺりもってこい3

ゲーム・キッズ

今回はホラー風味のSFショートショート集、ゲーム・キッズシリーズを紹介したいと思います。 このシリーズは1999年のゲーム・キッズ、2000年のゲーム・キッズ、2999年のゲーム・キッズ、2013年のゲーム・キッズ、令和元年のゲーム・キッズの計5作品が存在します。 令和元年のゲーム・キッズの存在は僕も初めて知ったので今度読もうと思います。 基本的にこれらの作品は発売当時に注目されていた最先端の科学技術を題材にした短編小説集で、全体的に後味の悪いものやホラー色の強いものが多いのが特徴です。ショートショート形式なのでテンポが速く、サクサク読めるのもうれしいところです。出てくる技術も書かれた当時に注目されていたものなので、登場人物たちの性格とともに絶妙に現実的で嫌なリアリティがあります。 どの本に収録されていたか覚えていないのですが、個人的に気に入っているのがある日役所に呼ばれて国民を仮想世界に移住させる計画に参加しないか、と提案される人物の話と、理想の女の子と出会えるまでコールドスリープできるマッチングサービスの話です。どちらもオチが秀逸なのでぜひ読んでほしいです。 第1作、1999年のゲーム・キッズは以下のリンクから(全部かはわかりませんが)読むことができます。僕も読み返して嫌な気分になったので皆さんも同じ気分を味わってください。 ショートショートなので試験勉強の合間にサクッと読めますよ。 999年のゲーム・キッズ | 最前線 - フィクション・コミック・Webエンターテイメント

祈りの海

今回はグレッグ・イーガンの短編集、祈りの海を紹介したいと思います。 この中に収録されている短編、「貸金庫」は新海誠監督が自身の映画「君の名は」のインスピレーションもとの一つとして挙げている作品で、ついこの前イーガン本人が君の名はを見たらしいです。 ↓イーガンのツイートを引用リツイートしている新海誠 I’m truly honored. Your “The Safe-Deposit Box” was certainly one of the inspirations, and in the earliest plot, the heroine was in a different body each time she woke up. <https://t.co/HLw18CrY3M> pic.twitter.com/PpkAosgYmk — 新海誠 (@shinkaimakoto) 2020年11月29日

夢見る葦笛

今回は短編集、「夢見る葦笛」を紹介したいと思います。 同じ作者の短編集、「リリエンタールの末裔」を紹介しました。この短編集では人と科学技術が互いに影響を与えお互いが変化していく様を描いていましたが、この短編集では人と人でないものとの交流、そしてその関係性や境界線をテーマとした短編が収録されています。 表題作、夢見る葦笛では突然町中に現れるようになった人型のイソギンチャクのような生物をめぐる物語です。音楽を志したものの夢破れた主人公の女性は町中に出現し、美しい音楽を奏でるその生物を調べるうちに真実にたどり着きます。その一方それの生物たちは着実に社会に浸透し、人々の音楽への価値観を変えてゆきました。変わっていく価値観を受け入れるのか抗うのか、どちらが正解とも言えない問いに様々な人物がそれぞれの答えを出していきます。 他にも未来を予知する能力者が時折生まれる村で育った少女の半生を描いた一編や、はるかな未来、塔状の地形の上で生まれ飛び立ち、一生を飛行して過ごす異星生物と感覚を同調させた調査員の心象を描いた作品、地上が泥に覆われ人の活動の中心が地下に変わった世界で地上で生きる人々を描いた作品など、様々なタイプの短編が収録されています。 どれも心理と状況どちらも綿密に描写された美しい短編集ですのでぜひ春休みにどうぞ。 夢みる葦笛 上田早夕里 | 光文社文庫 | 光文社

夜の声

今回はSFから少々離れて東京創元社の復刊フェアで復刊されたホラー短編集「夜の声」を紹介しようと思います。 以前同じ作者の書いた「幽霊狩人カーナッキの事件簿」を紹介しましたが、この短編集では作者ホジスンの船乗りとしての経験をもとに書かれた海洋系のホラー小説がメインとなります。 表題作「夜の声」では主人公は航海中の夜、どこからか老人の声を聞きます。決して明かりをつけるなと言いつつ食料を要求する老人に同情し分け与えると、老人は遭難し流れついた島で自身と恋人に起きた身の毛もよだつ物語を語り始めます。さて、実際に読んでみるとその方面に詳しい方なら「マタンゴ」という映画が思い浮かぶと思うのですが、その映画の原作です。「マタンゴ」と聞いて内容がわかる方は身の毛もよだつ物語の内容もなんとなくわかるでしょう。それと明かりをつけるなという理由とか。 ホジスンは少年時代を厳しい経済状況ゆえに船乗りとして過ごすことになり、なおかつ先輩に虐待され過ごしたた経験から海に対し恐れと憧憬を抱くことになったといわれています。そのためこの短編集では最後の「水槽の恐怖」以外すべて航海中に奇妙なものに遭遇するという筋書きになっています。 さて、これらのホラー小説が怖いかと聞かれれば少なくとも僕の基準ではそこまで怖くはないです。むしろ大海原に対して人の抱く恐怖、そしてそこから生まれる想像が興味深い、といったほうが適切でしょうか。 またアイディア自体も現代となっては使い古された感のあるものがところどころみられますが、そもそもホジスンが活動していたのは1900年代から1910年代という100年以上前の作家です。そんな作家の書くホラー小説に現代でも通じる、また現代でもまだ斬新さを保っている作品が多くあるのは十分に素晴らしいことでしょう。 ホジスンはクトゥルフ神話の創始者であるラヴクラフトが影響を公言している作家でもあり、彼の想像力は現代でも十分に通用します。ぜひこの機会に読んでみてください。