2024年2月

地球外少年少女

最近公開されたSF映画、「地球外少年少女」を見てきましたが、近未来の現実的な宇宙で繰り広げられる冒険活劇として素晴らしい出来栄えでした。 地球外で生まれた15人の子供のうち一人である相模登矢を中心に少年少女が宇宙ホテルを襲った未曽有の事故を切り抜けていくことになります。 ストーリーが王道ながらもしっかりと作られておりとても面白いのはもちろんなのですが、宇宙空間で生活する、とはどういうことなのかについて描写の一つ一つに説得力があります。 低重力下で育った相模登矢が重力下で使用する車いすを始め、無重力下で移動するためのジェット機能付き靴、簡易宇宙服など、一つ一つが上手くデザインされています。 オリジナルアニメ「地球外少年少女」公式サイト

天涯の砦

今回は同じく事故に見舞われた宇宙ホテルを舞台としたSF小説、「天涯の砦」を紹介したいと思います。 物語の舞台は宇宙ステーション「望天」。最新の宇宙ホテルとして盛況な宇宙ステーションですが、破滅的な事故が発生、ばらばらに分解し宇宙を漂流することになります。分解したほとんどの区画が空気が抜ける中、奇跡的に空気が残った区画がありました。そこにいたのは技術者の男性、成金の一人娘、天才少年、素性の分からない医者など一癖も二癖もある人物たちでした。 奇跡的に生き残ったとはいえ、空気が残っているのはそれぞれがいた部屋の中のみ。廊下といった広い共有区画は完全に真空になっており、それぞれは換気口を通して会話することしかできません。そんな中で彼らはどうにか協力し、次第に減速を始める宇宙ステーションの残骸の中で生き残りを図ることになります。 さて、パニックものの作品は映像作品をはじめとして多くありますが、(正直あまり詳しくないですすみません)宇宙を舞台としたものはあまり多くありません(まあ予算の問題とかいろいろ理由がある気はしますが)そんな中、この作品は宇宙ステーションの事故から始まるパニックものをしっかりしたリアリティで描いてくれます。 読んだのはだいぶ前なので今読み返せば結構粗が見つかるかもしれないのですが、壁一枚を隔てた先に真空が広がる極限環境で追い詰められていく人々を描いた作品として、ぜひ読んでもらいたい1作です。

本紹介

大学のサークルで好きなSF小説、ノンフィクションや漫画の紹介をしていましたが、このまま無くすのももったいないためここに再掲しようと思います。

太陽の簒奪者

初回は野尻抱介の「太陽の簒奪者」です。 006年、突如観測されるようになった水星吹き上げられる鉱物資源はやがて太陽を取り巻くリングを作り始め、その影響で地球への日光は遮られ、人類は滅亡の瀬戸際に立たされます。危機を打開するためにたった1隻建造された宇宙船に乗りリングに向かった主人公、白石亜紀の物語が展開されます。 ファーストコンタクトや地球侵略を扱ったSFですが、異星人たちが人間に興味を示すことはなく、そもそも地球を侵略しているつもりさえありません。彼らの目的とはなんなのか、という問いはやがて知性とは何なのか、といった問いへ発展していきます。 また作中の宇宙船の機動などは可能な限り現実に即して書かれているのも見どころです(あとがきで一部どうしようもなかったので現実では無理な動きを書いたと言っていますが僕はわからなかったです)。

星を創る者たち

今回は谷甲州の連作短編集、「星を創る者たち」を紹介したいと思います。 谷甲州は航空宇宙軍史というシリーズで有名なのですが、こちらはまた別の機会に紹介したいと思います。 この物語は人類が太陽系の各惑星に進出した時代、月面地下トンネル、火星の与圧ドーム、水星のマスドライバー、木星軌道をめぐる工場、金星上空に浮かぶ凧のような構造物などあらゆる極限の建設現場で起こる前例のない事故とそれに立ち向かう技術者たちを描いていきます。 最終話の好みは分かれるところですが(結構方向性が変わるので僕はあまり好きじゃない)、現場の技術者たちの必死の戦いをSFとして描き切った稀有な作品だと言えるでしょう。 星を創る者たち :谷 甲州|河出書房新社

7人のイヴ

今回は突然月が7つに分裂するところから始まるパニックSF、「7人のイヴ」を紹介したいと思います。 観測の結果、分裂した月は互いに衝突を繰り返し細かい欠片となっていき、数千年にわたって地上に無数の隕石となって降り注ぐ<ハード・レイン>が2年後に始まり、地上は人類が生存できない環境になることが導かれます。 各国政府はこの事態に対し国際宇宙ステーションを拡張し人類を宇宙に移住する計画がスタートします。 第1部ではこの計画を進めるための人々の奮闘と対立が描かれ、第2部では宇宙ステーションを核とした小型宇宙船の群れ、クラウド・アークを舞台に物語は展開します。 人類最後の1500人となったクラウド・アークの人々ですが、生き残りのための方策から対立し、二つの派閥に分かれていきます。そんな中独自に動いていた宇宙ベンチャーが氷でできた巨大な彗星の回収に成功し、事態はさらに混迷を深めます。 最終章となる第3部では第2部の後数千年が経過し、地上を取り巻くリング状の宇宙ステーション群を運用するまでに復興を遂げた人類が描かれます。 新☆ハヤカワSFシリーズという縦長の変わった形の本で全三巻として売られていますが、上下巻に分けて現在文庫版が発売されているのでそちらを読んでもいいでしょう。(まあ文庫版片方で600ページくらいありますけど) 七人のイヴ Ⅰ-ハヤカワ・オンライン

重力への挑戦

今回は「重力への挑戦」を紹介したいと思います。 物語の舞台は地球の700倍の重力を持つ惑星メスクリン。ただし、この惑星は惑星自身が変形するほど高速で自転しており、極地では700G ですが赤道付近では3G程度にまで体感重力は減少します。 そんな惑星の極地に人類が送り込んだ探査機が座礁しますが、700Gもの重力に支配された極地に向かうことはできません。そこでこの惑星に住む尺取虫のような形の知的生物、メスクリン人との間に交渉が成立します。 この物語ではメスクリン人たちが赤道から極地へロケット回収に挑んでいきます。 緯度によって重力が変わる世界を舞台に奇妙な光景を巡りながら次第に強くなっていく重力と戦う冒険物語をぜひ読んでみてください。 重力への挑戦 - ハル・クレメント/井上勇 訳|東京創元社

未完の計画機

「未完の計画機ー命をかけて歴史を作った影の航空機たち―」は様々な理由で開発計画が中止された航空機たちを特集したノンフィクションです。 正直あまり飛行機について詳しくはないので有名な機体が紹介されている、みたいな話はできないのですが、原子力を動力と爆撃機や時代に先駆けすぎて制御しきれなかった戦闘機、マッハ2で飛ぶ爆撃機(爆撃機が多いのは冷戦時代の機体が多いからです)など様々な飛行機の紹介を読むだけでも楽しいですし、お蔵入りになったそれぞれの理由を知ればサークルでの活動に通じるものがあるかもしれません。 今日の航空機の発展の裏にある失敗しても確実に後世に知見を残した飛行機たちに思いをはせてみてください。 ちなみにVTOL機を特集した未完の計画機2、最新刊の未完の計画機3(僕も今知った)も発売されています。 未完の計画機 - イカロス出版 イカロス出版の本

人間たちの話

なんかディストピア作品を紹介されたので最近読んだディストピア作品の紹介でもしましょう。 著訳者,ア行,イ,柞刈 湯葉 | ハヤカワ・オンライン|柞刈湯葉>の短編集、「人間たちの話」に収録されている「楽しい超監視社会」です。 984年、世界はオセアニア・ユーラシア・イースタシアと呼ばれる3つの全体主義国家に分割されていた。各国は徹底した監視体制と永続戦争により一党独裁を確立し、その統治は永遠に続くように思われた。しかし1991年にユーラシアが内部崩壊し、ロシア共和国をはじめとする複数の国家に分裂すると残る2大国も大幅な政治改革を余儀なくされた。完璧な管理社会は瞬く間にグダグダになり、やがて世界は2019年を迎えた… という冒頭から始まる、ディストピア小説の金字塔「1984年」(漫画版しか読んだことないですすみません)のパロディ小説です。イースタシア(全体的に大日本帝国っぽい)国民薄井澄人を主人公に、表題通りの「楽しい超監視社会」が描かれます。国営SNSのような仕組みで上手く本音を隠しながら相互監視に励む国民たちは彼らなりに幸せに生きていますが、我々から見たその世界は歪で不気味です。不気味であると同時に今の社会の延長線上にある社会をぜひ体感してみてください。 短編集ということでテイストの異なる短編がほかにも収録されています。氷河期が来た日本列島を淡々と旅する「冬の時代」、生命と言えなくもない火星の現象と、一人の科学者、そして子供の物語「人間たちの話」、消化器官の構造が全く違う異星人たち相手にシリコンの麺に重油のスープやら原始銀河の元素構成を再現したスープなどを提供していく「宇宙ラーメン重油味」、部屋に突然岩が現れた男の穏やかな生活「記念日」、世界と作用を与えられない本当の意味での透明人間の悲喜こもごもを題材に科学の考え方を問う「No Reaction」です。 作者が元は生物学者(今は任期が切れて専業作家)で、人間たちの話や宇宙ラーメン重油味ではその知識と想像力が組み合わさって独特なリアリティが生まれています。 この作者は僕が好きな作家のひとりで、デビュー作「横浜駅SF」、二本目の「重力アルケミック」に「未来職安」すべておすすめなのですが、これらはまた別の機会に紹介したいと思います。 この短編集の中でのおすすめは、雰囲気で言えば冬の時代、面白さは宇宙ラーメン重油味、感情に訴えかけるのは人間たちの話やNo Reactionです。 人間たちの話-ハヤカワ・オンライン

重力アルケミック

せっかくなので前回に引き続き、柞刈湯葉の小説を紹介しようと思います。 「重力アルケミック」は四大元素説が部分的に正しい世界での大学生活を描いたSF小説です。 重素と呼ばれる物質が重力を司る世界で、重素を採掘しすぎたために膨張が止まらなくなった地球、ついに東京―大阪が5000kmを突破した2013年春、福島からはるばる上京してきた大学生、湯川航が大学に入学することをから物語は始まります。 非生産的でありそうな大学生活と、重素や燃素、エーテルが実在する世界が上手く絡み合って不思議な現実感と日常感をもたらしてくれる前半が終わると、バイトしていた古本屋で発見した飛行機理論の本をもとに重素を使わず、揚力だけで飛行する奇妙な機械、飛行機を開発しだす後半が始まります。 自堕落な生活の延長線上として研究を始める姿を見れば皆さんも勇気が出るのではないでしょうか。 これまで紹介してきた本の中でも読みやすく、現役大学生たちが主人公で共感もしやすいと思うので、SFを読み始めてみようかなという人にもおすすめです。 『重力アルケミック』(柞刈 湯葉,焦茶):星海社FICTIONS 製品詳細 講談社BOOK倶楽部

星系出雲の兵站

今回は林譲治のミリタリーSFシリーズ、「星系出雲の兵站」を紹介したいと思います。 舞台は地球からの播種船によって植民されたと伝わる出雲星系と、その後に植民された壱岐、八島、周防、瑞穂の計5つの星系からなる五星系文明です。地球人類が異星人の脅威に曝され植民を行ったと伝わっており、異星人の侵略への強迫観念をもっていますが、植民から数千年がたった今、本当に異星人がいるのか懐疑的になっています。 そんな中、壱岐星系で異星人の設置した人工衛星が発見されたところから物語は始まります。 そして人類は異星人ガイナスと遭遇し、ついに異星人の侵略が現実のものとなります。なし崩し的に戦端は開かれ、壱岐星系外縁を舞台としてガイナスとの戦争が始まるわけですが、人類も一枚岩ではありません。戦場となる壱岐星系は辺境ながらも開発独裁体制を敷くことで着々と力を高めていますが、五星系文明の起源であり最大の戦力を持つ出雲星系の介入は着々と軋轢を生みだしていきます。 敵であるガイナスについても、意思の疎通はできず、正体が不明なまま戦争に突入することになり、翻弄されていきます。 唯一で出てくる超光速航法以外は現在の物理法則に則て描かれており、また巨大な組織内部のや組織同士の争いも描かれますが、それぞれの信念や正義がしっかりと描かれるので醜い覇権争いにはならないのも魅力です。 現在第一部が全4巻、第2部となる星系出雲の兵站―遠征―が第3巻まで発売されています。 /26に最新刊星系出雲の兵站―遠征―4巻が発売されます。僕はAmazonで予約したので楽しみに待っているところです。皆さんも新刊発売のこの期に読み始めてみてはいかがでしょうか。 星系出雲の兵站 1-ハヤカワ・オンライン

ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム

これまでは宇宙物のSFをメインで紹介してきましたが、趣向の違うSFも紹介していきたいと思います。 今回紹介したいのはゲームを題材としたSF、「ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム」です。 舞台は2115年、ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネームという100年近く前の形式で書かれたレトロゲームレビューサイトがオープンします。 このサイトでは100年近い歴史を持つビデオゲームの中でも低評価を受けてきたゲームを分かりやすく解説していきます。 つまり、これから先の未来に発売されるゲームを、更に未来でレビューする、という体裁をとっているわけです。 この本では計21の個性的なゲームが紹介されます。仮想現実発達初期、あまりにも仮想世界を作りこみすぎたがゆえにVR酔いを大量に生み出したゲーム、カルト宗教が洗脳のために作ったゲームに慄く世間と実際にプレイしたゲーマーのギャップ、3Dプリンタ搭載で自分好みのロボットを作って戦わせる大人気ゲームの末路、「月面で最初に作られたゲーム」という称号を得るために残念なことになってしまったゲーム、などなど、数奇な運命に翻弄されたゲーム達が著者(発達した医療技術で100年後まで生き延びた著者本人です)によって懐かしげに語られます。 著者は現実でも低評価を受けたゲームをレビューしており、この小説はその活動の延長としてカクヨムで連載されていたものを改稿し出版したものになります。 この本の魅力はやはり著者の圧倒的なゲーム愛を感じられることでしょう。存在しない架空のゲーム、しかも未来に存在するはずのゲームなのに、圧倒的な熱量をもつ語り口を聞いている間に不思議と懐かしい気持ちにさせられます。犬用に開発されたゲームをどうにかして遊ぼうとしてみたり、BMI(ブレインマシンインターフェース)を搭載したゲームが電子ドラックとして扱われるのを複雑な思いで眺めたり、中国でしか遊べない中国産PokemonGoみたいなゲームを遊ぶためにとんでもない計画をぶち上げてみたり、レビューの随所に差し込まれる自身の(架空の)体験も妙なリアリティと熱量をもって迫ってきます。 ゲーム世界を舞台にした物語や未来のゲームを描いたゲームは多くありますが、ゲーム自体をテーマとし、ここまでの熱量を詰め込んで描かれた物語はそうそうないでしょう。 改稿前のバージョンはカクヨムで無料公開されていますのでいつでも読めます。もともとwebサイトを100年後に再現してみた、という体で進む話なのでこちらを読んだ方が雰囲気だ出るかもしれません(この紹介書くためにweb版を読み返して時間が溶けました)。ゲーム愛に満ちた一冊、普段ゲームをしない人でも少し触れてみてはいかがでしょうか。 The video game with no name(赤野工作) - カクヨム ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム

エイリアン 科学者たちが語る地球外生命体

ノンフィクションのコーナーです。 今回紹介するのは「エイリアン 科学者たちが語る地球外生命体」です。 この本は地球外生命体、いわゆるエイリアンについて化学、物理学、生物学、天文学、心理学など様々な分野の専門家たちが語るアンソロジーです。 まず第1部では地球に宇宙人だ現れる可能性について論じます。なぜ宇宙人が地球に来るかを考えてみる宇宙生物学者、UFOの目撃談と陰謀論の歴史を振り返り検証していく科学番組司会者、発達しながらも人間とはかなり異なる神経構造を持つタコの考察、などが含まれます。 第2部以降からは他の星の生命について考察していきます。 第2部では惑星に生命が住める条件やSF小説のエイリアンなどについて考察します。 第3部では地球の生命を参考に、生命はどのくらい発生しやすいのか、他の惑星ではどのくらいの確率で生命が発生するのかに迫っていきます。生命が誕生し、知的生命に発達するまでにどのくらいの化学反応が必要か、その反応が発生する確率がどれくらいなのかなどについて主に化学者や生物学者たちが見解を述べます。 最後となる第4部では実際に地球外生命体を探す方法やプロジェクトについて言及します。系外惑星の大気による吸収スペクトルを観測するなど、サークルの人であれば聞いたことのある手法かも知れませんが、他にも様々な科学者が色々な意見を述べています。 全体としてページ数は多いですが、アンソロジー形式なので一つ一つは比較的短く、かつ読みやすくまとまっています。 エイリアン──科学者たちが語る地球外生命 | ジム・アル=カリーリ, ジム・アル=カリーリ, 斉藤隆央 |本 | 通販 | Amazon

横浜駅SF

前回はカクヨム発のSFを紹介したので今回も同じくカクヨムに連載され書籍化されたSF,「横浜駅SF」を紹介したいと思います。 多分皆さんなら一度は横浜駅に行ったことがあると思いますが、いつもどこかを増改築してると思います。周囲の状況に合わせて増改築を延々と繰り返して行く様を生物のようだ、と作者の柞刈湯葉がツイートしたところバズり、ツイッター上で簡単なあらすじを周囲に乗せられて作ります。その後さらに改稿を重ね、カクヨムに連載されました。 増改築の果てに横浜駅が自己増殖を開始して数百年、本州の99%は横浜駅に覆われ、自動改札に排除されないためのSUICAを脳内持たない人間はわずかに残る横浜駅の外で横浜駅から流れてくる物資をもとに生活していました。 そんな非SUICA民である三島ヒロトのもとに古代地層から発掘されたと言われる18切符を持った人物が横浜駅から追放されてきます。 彼から18切符を受け取り、かつて同じようにヒロトの住む場所に流れ着いた教授と呼ばれる人物から答えは42番出口にある、といわれヒロトの旅が始まります。 他にも青函トンネルからの横浜駅侵攻を食い止めるために送り込まれたJR北日本の工作員との出会いやや下関海峡で横浜駅を迎撃するJR福岡の脱走兵など様々な人物が登場し、奇妙な世界を冒険します。 一発ネタのように見える本作ですが、作者がこれまで紹介してきた様々な作品をこの後書いていくことからも分かるようにしっかりと作りこまれています。他にも各章の題名が有名SFのパロディになっていたり、42などあちこちにネタが散りばめられています。 これもカクヨム連載なので改稿前の分はネットで無料公開されています。また漫画版も全話無料公開されているので是非どうぞ。 横浜駅SF(柞刈湯葉) - カクヨム 各話一覧|横浜駅SF - 柞刈湯葉 / 新川権兵衛|ヤングエースUP

未来職安

柞刈湯葉の小説を結構な頻度で紹介しているので今回はその最終回として「未来職安」を紹介しようと思います。 最終回というのは単行本として出版されている分をこれで紹介しつくしてしまうという意味なので今後新刊が発売されたりしたらまた紹介すると思います。後カクヨムで短編小説を書いたりもしているのでその紹介もするかもしれません。 平成の先(まあもう令和になってしまいましたが)、国民の99%は働かずベーシックインカムにより生活する<消費者>、1%の働く人たち<生産者>に分かれています。 そんな世界で就職を斡旋する職安の事務員をしている主人公の出会う様々な依頼を淡々と描いていきます。 現在AIに仕事が奪われると、残る仕事は頭を使う「人間にしかできない」高級な仕事ばかりになると言われていますが、この小説で斡旋される仕事は奇妙ながらも納得感のあるものばかりです。 個人情報の扱いが厳しくなったのを逆手に取り、外部に流れてほしくない機密映像にわざと映り込む仕事、外国の日本料理レストランの従業員が日本人じゃないとAIに判定され炎上したレストランの従業員(仕事はすべてロボットがやる)になる仕事などなど。主人公がもともと働いていたのは県庁で担当の自動運転車で交通事故が起きた時責任をとって辞める仕事でした。 権利を保護されたり日本人だったり責任をとったり、人間でないとできないのは確かながら、なんか想像と違う職業を見ていくのは不思議な面白さがあります。 どうにも近未来社会を描くとディストピアになってしまったり作者の思想が前面に出てしまいがちですが、この作品ではこの社会とは確かに違うけれど、我々より格別幸せでもなく不幸でもない日々を淡々と送る姿を見て、違う社会に思いをはせてみることができます。 もともとは双葉社のwebマガジンカラフルに連載されていたもので、第1話から第4話までは無料で公開されています。

アド・バード

今回は椎名誠のSF小説、「アド・バード」を紹介しようと思います。 この本は依然紹介した横浜駅SFの発想のもとになった本で、読んでみればよく似た雰囲気であることが分かると思います。 舞台はあらゆる技術が動員された広告戦争の末荒廃した世界。滅びつつある集落で暮らす兄弟が失踪した父親を捜してマザーK市と呼ばれる都市へ旅に出ます。彼らが出会うのは奇妙な改造を施された広告用生物たちの成れの果て。必死になって都市にたどり着いてもそこに人はおらず、上空に投影されるCMや水を流すたびに商品名を読み上げる蛇口などだけは動き続けています。そして彼らはマザーK市を抜けさらに旅を続けます。旅の途中で何度も出会う謎のアンドロイド、キンジョーと協力しながら進む旅路の果てに彼らがたどり着いた真実と、その先に選ぶ道も見どころです。 この本を盛り上げるのはやはり架空世界の描写です。主人公兄弟が使う奇妙な銃、「ねご銃」、「ヒゾムシ」「ワナナキ」といった野生化した人工生物たちとそれによって生み出された生態系が独特で癖になる文体で描かれていきます。題名にもなった「アド・バード」(アドバタイジング・バードの略です)、見るものが誰もいないにもかかわらず広告であふれかえるマザーK市の描写など、機械や無機物の描写もまた同様に印象に残ります。 兄弟たちの旅だけでなく、道を挟んで植えられた2種類の改造植物の長い年月をかけた戦闘や訪れる者のいなくなったホテルのボーイのアンドロイドなどの物語が挟まれます。彼らの物語と兄弟の旅路の一瞬の交わりもまた楽しめるでしょう。 奇妙な世界を旅するSFの醍醐味ともいえるワクワク感と荒廃した世界の寂しさ、それらを素晴らしい筆力と書き込みで表現した一冊です。 アド・バード (集英社文庫) | 椎名 誠 |本 | 通販 | Amazon この文章書くために調べて知ったのですが、藤井聡太七段が好きらしいです。素晴らしい趣味ですね。

タイム・シップ

今日は時の記念日だそうです。1920年に制定されたので今年で100回目の時の記念日だそうで、国立科学博物館ではそれを記念した展示も行われているようです。そんなわけで今回は時間SF「タイム・シップ」を紹介したいと思います。 この本はH・G・ウェルズの書いた長編小説「タイムマシン」の続編として書かれ、タイムマシン刊行100周年の1995年に発表されました。もちろん作者は別人ですが、遺族が認めたため正式な続編とされています。 元ネタの「タイムマシン」も時間SFの名作ですので簡単に紹介しますと、19世紀のロンドン、とある宴席に招かれた語り手は主催者「時間旅行者」から奇妙な話を聞かされます。彼は時間移動装置、「タイムマシン」を発明し、それによって遥かな未来を旅してきた、というものでした。100年前の社会の延長線上として描かれた未来世界は一度読む価値があるでしょう。 話を「タイム・シップ」に戻すと、この物語は「時間旅行者」が19世紀ロンドンに戻ってきたところから始まります。未来世界で彼はウィーナという人物と出会いますが、結局は彼女を救うことができず、失意のまま時間を遡行し戻ってきました。そのため彼はタイムマシンを修理し、再び未来世界を目指します。しかし加速していく時間の中で彼が見たのは、季節の変化が消え、太陽が爆発し暗くなるという最初の時間旅行とは全く異なる光景を目にします。最初の時間旅行の際には頭脳を持ちながらも凶暴な性質を持っていた未来人類、モーロック族がこの時間軸では驚異的な頭脳と尽きない探求心の持ち主となり、ダイソン球の建設に成功していたのです。 こうして時間旅行者モーゼルと、モーロック族のネボジプフェルの時間旅行が始まります。タイムマシン発明以前に戻り、発明を阻止しようとする彼ですが、第1次大戦の終わらない世界からやって来たイギリス軍の時間航行戦車が現れ、未来がさらに変化したことを知ります。 タイムマシンを手にした時、たいていの物語では歴史上の瞬間やちょっとした未来、あるいは後悔した瞬間に行こうとしますが、もっと昔に戻れるのではないか、もっと未来に行けるのではないか、と思ったことはないでしょうか?この物語では話が進むほどに遥かな未来と過去を行き来し、様々な姿に変化し驚異的な文明を築いた人類たちと出会っていきます。そして物語の終わり、変わり果てた人類によって作られた究極のタイムマシンを使いビッグバンのその昔へ向けて遡行する最後の時間旅行が始まります。 元になった「タイムマシン」も現代でも十分通用する面白さを備えた作品ですが、この物語はそれに加えて改変される未来を文明そのものの変化として描き、スケールをどんどん大きくしていきます。そこで描かれる未来の人類と「タイムマシン」で描かれる未来人類のありようと比較してみると、100年の間でどれほどの変化があったのか感じられるのではないでしょうか。 タイムマシンの続編としても一つの時間SFとしても素晴らしい完成度を誇り魅力的な世界をいくつも見せてくれる本作、ウェルズのタイムマシンを未読の方はぜひ一緒に読んでみてはいかがでしょうか。 <https://www.amazon.co.jp/dp/4150120080/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_Cap4EbKGH01HN>www.amazon.co.jp <https://www.amazon.co.jp/dp/B00H6XBANU/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_vbp4Eb41Z6GBX>www.amazon.co.jp

時間のないホテル

今回は前回時間SFを紹介したおまけで「時間のないホテル」を紹介したいと思います。ただこれはSFというよりは超常現象を扱ったホラーです。僕基準ではそこまで怖くなくむしろ幻想小説だと思ったのですが一応言っておきます。 ホテルでホラーと言えば歴史を感じる古びたホテルを思い浮かべる人が多いかもしれませんが(僕はミステリの方が好きなのでそういう舞台設定だと連続殺人の方が先に浮かびますけど)、この物語で舞台になるのは建設された直後の国際チェーンホテルです。主人公、ニール・ダブルの仕事は世界中の見本市に様々な会社の代理人として出席する仕事。違法ではありませんが、開催される見本市の規約には違反していることが多く、あまりいい目では見られていません。そんな彼はコンベンションセンターと直結した大手チェーン系ホテル「ウェン・イン」に宿泊します。そこで彼は仕事をしながら見本市の会場と客室を行ったり来たりする3日を過ごすはずでした。しかし彼の前に現れた女性がチェーン店である世界中のホテル全てがつながっている、という奇妙な秘密をささやきます。眠れず夜中に部屋を出た彼は廊下の果てに行きつくことはなかったのでした… 世界中の大都市の写真を見ると分かるように、いま世界中にほとんど同じような建築物が山ほどあります。特にチェーン店のホテルは世界のどこに行ってもほとんど同じ内装と全く同じサービスを提供してくれます。そんな時代だからこそ生まれた作品だと言えるでしょう。著者はイギリスで建築・デザイン関係のライターとしても活動している人物で、この物語でもホテルという巨大建造物に対する愛が感じられます。 何処までも続き、意思があるかのように世界中に拡大を続ける巨大ホテルとそこに囚われた主人公の物語は古びたホテルや廃墟のような薄暗い不気味さや生々しさを感じさせるホラーではなく、清潔感にあふれ煌々と照明が輝くからこその独特な恐怖と幻想性を見せてくれます。 無機質で清潔、無個性であるとも誰にでも受け入れられるともいえ、代わり映えがしないともどこでも同じ安心感があるともいえる、ある意味とても身近な存在である近代建築の中で繰り広げられる幻想物語です。 時間のないホテル - ウィル・ワイルズ/茂木健 訳|東京創元社

三体

多分皆さんは三体問題を聞いたことがあると思います。安定解の存在しない問題として有名ですが、この小説、三体に登場するのは3連星系の恒星系に生まれた異星人三体人による地球侵略計画を描いた三部作の第一部になります。 文革時代の中国、科学者であった父親を殺された娘から物語は始まります。絶望した彼女は中国の山奥に建造されたパラボラアンテナを備える軍事基地でのプロジェクトにスカウトされます。 そこで進められる計画に携わる彼女は得た知識からある計画を実行します。 一方近未来のナノテクノロジー素材の研究者汪森は招待された会議で世界的な科学者が次々自殺しているという事実を聞かされ、その背後に見える「科学フロンティア」なる組織への潜入を要請されます。しかし彼が趣味の写真を撮ると必ず謎のカウントダウンがどこかに写りこみ、やがて彼の視界にもカウントダウンが映るようになるゴーストカウントダウンが始まります。 原因のつかめない現象によって追い込まれていく汪森ですが、3つの太陽を持つ惑星を舞台にしたVRゲーム、「三体」の情報を手に入れます。そのゲームをプレイしていくうちにやがては三体人たちの思惑や彼らの計画を知ることになります。 中国発のSFとして中国やアメリカで大ヒットしてから満を持して日本に上陸した本作、SFとしての完成度はもちろん高く、なおかつエンターテイメイント性も高いため非常に読みやすくできており、あまりSFを読まない人でもその醍醐味をしっかりと味わえるおすすめの作品です。 三部作の第二部「黒暗森林」は明日(のつもりで書いていましたが今日ですね)発売です。多分本屋に行けばまとめて売られていると思うので是非読んでみてください。 三体-ハヤカワ・オンライン 三体Ⅱ 黒暗森林 上-ハヤカワ・オンライン 追記 この紹介を書いたのは2020年6月ですが、現在黒暗森林、死神永生が発売され完結しています。

魔王:奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男

久しぶりのノンフィクションのコーナーです。 今回紹介するのは「魔王:奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男」です。 黒人差別関連のデモで大きく揺れているアメリカですが、そのほかにもオピオイド系鎮痛薬の乱用が社会問題になっています。医師の処方箋さえあれば合法的に手に入るこの鎮痛薬には常習性があり、全米で1000万人を超える乱用者がいると推定されています。 医師が気軽に患者に処方箋を出し、更には余裕をもって処方された患者がそれを転売するなどの方法でネット上に出回っています。しかし今回の物語の主人公?ポール・ル・ルーはそれにとどまらない巧妙なシステムを生み出します。彼は暗号化されたネットワークを作り、各地の医師や薬局の薬剤師を集めました。オピオイドの欲しい患者は自身の病状をオンラインで登録します。するとその病状はネットワークにつながった医師の誰かに送られ、その医師は送られた病状をもとに診断を下し処方箋を書きます。その処方箋は再びネットワーク上の薬剤師に送られオピオイドが処方され患者に届けられるわけです。医師も薬剤師もネットワークの全体像を把握していないので巨額の利益を上げる違法ギリギリの企業に取り込まれていることに気付いたものはいませんでした。この本にはネットワークの構成員が何人か逮捕され登場しますが、彼らはオンライン医療に将来を感じた若い医師や長年続けてきた個人薬局が時代に取り残され閉店を考えていた時に営業マンにアプローチを受けた老店主などばかりです。 本書ではそんな巨大ネットワークを作り巨額の利益を上げるだけでは飽き足らず、ソマリアに傭兵団を作ったり殺し屋を雇ったり北朝鮮の覚せい剤取引にも手を出すなど、あらゆる犯罪に手を出す組織を作り上げた人物、ポール・ル・ルーと彼が生み出した巨大な犯罪組織をめぐる様々な人物を追ったノンフィクションです。 この組織の面白いところは組織の全体像を把握しているのがポール以外にはほとんどいないことでしょうか。世界各地に散らばる構成員たちは彼から直接命令を受け行動します。本物の汚れ仕事をしている人以外、自分たちがどこか後ろ暗い仕事をしていることにうすうす感づいていますが大抵貧困層の人物なので高給の支払われる仕事を辞めることはできませんでした。 さて、長いこと誰にも気づかれなかったオピオイド取引ネットワークですが、新人麻薬捜査官二人がある日存在に気付くところから本書は始まります。彼らの執念深い捜査によりやがて巨大な組織の全貌が明らかになっていく一方、犯罪グループ側の人物の証言でポールの突飛な様々な計画の舞台裏をみられます。彼らの攻防はまさに現実は小説より奇なりといったところです。ただどうにも関係者が多く、章ごとに視点人物がしょっちゅう入れ替わるので読みづらいのも事実です。 アフリカで天才コンピュータ少年だったポールの築き上げた巨大な帝国の全貌、ぜひ読んでみてください。

折りたたみ北京

さて今回は前回に引き続き、中国のSF「折りたたみ北京」を紹介しようと思います。 これは中国の作家7人の書いた計13の短編をまとめたアンソロジーになります。 それぞれの短編もファンタジー風味の強いものからハードSFより、思想的な色が濃いものまでさまざまな方向性を見せてくれます。 最初の短編「鼠年」は遺伝子改造された強靭な鼠を駆除する駆除隊に入った青年の見る世界の仕組みと、そこで生まれる予想外の事象が汚いけれど力強さを感じさせます。 次の短編「麗江の魚」は同じ作者ながら打って変わって幻想的な美しさを見せてくれる短編です。 他にも一人っ子政策によって少子高齢化が加速する中国での遠隔操作型介護ロボットと、それによって新しい生き方を見出す高齢者たちを描いた「童童の夏」、検閲がブラックリスト方式ではなくホワイトリスト方式になった世界の息苦しさを生々しく描いた「沈黙都市」などが続きます。 最後の二編は先日紹介した「三体」の作者劉慈欣による二編。秦の政王に使える荊軻が300万の軍隊を使い人間コンピュータを作り上げ、円周率の計算に挑む「円」、ある日突然亜光速宇宙船に乗って現れた人類の創造主「神」とのファーストコンタクト、そして文明の終わりを迎えつつある彼らと人類の交流を描いた「神様の介護係」が収録されています。 大分昔に読んだので内容を思い出せない短編もいくつかあるのですが、どれもそれぞれの美しさを持った短編集です。 個人的なおすすめは最後に収録されている「神様の介護係」でしょうか。全体的にブラックユーモアのようなものを感じる短編なのですが、緩やかながらも定められた滅亡に向かっている「神様」と、まだ生まれたばかりの文明を成長させようとする人類の対比、それぞれの心情がしっかりと描かれた短編になっています。 ついこの前文庫版も出版されましたので是非どうぞ。 折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー-ハヤカワ・オンライン 折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー-ハヤカワ・オンライン 中国SF、めちゃくちゃおもしろい──『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』 - 基本読書

旋舞の千年都市

Qのレポートなんかも大体落ち着いてきたころだと思いますので今回は僕が特に気に入っているSF,「旋舞の千年都市」の紹介をしたいと思います。 舞台は2027年、念願のEU加盟を果たしナノテク産業と天然ガスに沸くイスタンブール。そして自爆した本人以外誰も犠牲者がいない奇妙な自爆テロから物語は始まります。自爆テロに遭遇した後から空想上の存在「ジン」(日本で言えば精霊のようなもの)が見えるようになった青年、持病を抱えながらも優れた頭脳でロボットを操る好奇心に満ちた少年、世捨て人になった老経済学者、巨大企業に詐欺を仕掛け一儲けたくらむ男、「蜜人」というミイラ探しに人生をかけるその妻、ナノテク企業の営業として一旗揚げようとする若き女性トレーダー、彼ら6人がそれぞれかすかに交わりながら複雑に絡み合う陰謀に巻き込まれ、積極的に飛び込み、己が目的の達成を目指します。 最初のうちは彼らは全く別々の目的のために動き、お互いに接点があるのは夫婦の二人と近所に住んで交流のある老経済学者と少年くらいで、全く異なる話が続くので分かりにくいかもしれませんが、やがて彼らはそれぞれの方法で自爆テロの真相と計画の全貌へと迫っていきます。 この物語ではイスタンブールという現実に存在する都市の架空の未来を圧倒的な描写で描き出します。ローマ帝国からオスマン帝国、トルコ共和国へと変貌しながらも発展をつづける長い歴史を持つ街ですが、まず始めに上の階に行くごとに新しくなっていき、それぞれの時代を表す建物の描写から始まり、バザールが開かれていた場所で商談に走り回るベンチャー企業やそれぞれの目的の果てに何人かがたどり着く地下貯水池など、物語の端々で歴史と革新が同居し過去と未来が入り混じるさまを幻想的に描き出します。伝説上のミイラ蜜人を探し求める妻と、最先端の天然ガス取引市場で詐欺をたくらむ夫、テロによってジンが見えるようになって宗教に目覚める青年、ナノテク市場でビジネスマンとして名前を売る一方で大昔から続く家宝を探す女性など、主人公たちもそれぞれイスタンブールの過去と未来に密接に絡み合った背景を持ちます。そしてそれらの描写が科学と魔術が混ざり合って新たな宗教となり、そして壮大なテロを生み出す終盤のアイデアへの説得力となっていきます。 都市だけでなく各主人公たちの過去や追い求める伝承、最先端のテクノロジーに至るまで緻密な描写から手が抜かれることはありません。ミイラの全身を蜜に浸すことで作られる万能薬、蜜人を作る過程を克明な物語として描き、一方では人間の細胞自体に計算機能を持たせる新技術を売り込むさまも詳述します。好奇心にあふれた少年が駆使する改造玩具ロボットや途中で出会う歩容認証付き警備ドローン、EMP武器、分子マーカーの付けられたペイントボールなどなど細部のガジェットもよく練られている上に何の違和感もなく歴史ある街になじんでいます。 この話は新旧入り混じる街や科学と魔術が混ざり合った奇妙な概念、一方で現実と地続きになり確かな存在感を感じる雰囲気、それらすべてを納得させる熱量を持った描写、話の形式が群像劇でこの都市と陰謀をあらゆる角度から眺められる、など僕の好みの描写が詰まっている本です。海外旅行が難しくなっているご時世ですし、古今東西の文明が衝突し混ざり合うイスタンブールで繰り広げられる5日間の物語を是非楽しんでみてください。 旋舞の千年都市〈上〉 - イアン・マクドナルド/下楠昌哉 訳|東京創元社 酉島伝法/イアン・マクドナルド『旋舞の千年都市』(下楠昌哉訳)文庫版解説(全文)[2016年5月] : Web東京創元社マガジン

ハロー・ワールド

今回は藤井太洋のSF連作短編集、「ハロー・ワールド」を紹介したいと思います。同名アニメ映画とは関係ないです。 著者の藤井太洋は元システムエンジニア、東日本大震災の原発事故の時、メディアやネットで科学が不安をあおるツールとして使われたことに反発して自費出版で小説を書き始め、kindleで販売したところ口コミで広まり、ランキング1位を獲得し本格的にデビューした、という経歴の持ち主です。このような経歴でデビューしたため、描かれる物語の考証は徹底的に行っています。 今作、「ハロー・ワールド」は自身のシステムエンジニアとしての経験を生かした物語になっています。主人公は何でも屋のような業務をこなすしがないエンジニア、文椎。彼は偶然知り合った仲間たちとともに広告ブロッカーを開発し、販売してみます。当然大して性能もよくないので売れ行きは芳しくないのですが、なぜかインドネシアで突然爆発的なヒットを飛ばします。その謎を追ううちに、思いもよらない真実にたどり着きます。これが第一の短編、ハロー・ワールドのあらすじです。おそらく著者本人の経験が多分に含まれているであろう主人公の労働環境はリアルでその業界に行こうと思っている人には参考になるかもしれません。そして彼や仲間たちが真実にたどり着いたのち、どう対処するかに対してそれぞれの正義がぶつかり合うところもまた見どころです。 その後会社の売るドローンを営業しにアメリカに行った先で出会うドローンの奇妙な行動とアメリカの実情をほんの少し描いた「行き先は特異点」、東南アジアで大規模デモに巻き込まれ、いくつかの勢力とのはざまで揺れる「五色革命」などなど、テクノロジーと今の世界の交わりを切り取った計5つの短編が収録されています。 彼の作風の良さはテクノロジーと人類への信頼で成り立っているところでしょうか。多分最近見るSF系の映画やらドラマやらはたいていディストピアとして描かれ、テクノロジーの発展に警鐘を鳴らすものが多いと思います。もちろん新しいテクノロジーには危険がつきものですし、それを解決していくことは必要ですが、過度な恐れもまた危険です。 この作品にとどまらず、藤井太洋のSF群は経験や取材に裏打ちされた緻密な考証と未来への無責任ではない希望と信頼にあふれた作品ばかりです。少し未来を切り取った物語群をぜひ読んでみてください。 <https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89-%E8%97%A4%E4%BA%95-%E5%A4%AA%E6%B4%8B/dp/4065133084>www.amazon.co.jp

ボーナス・トラック・クロモソーム

柞刈湯葉の紹介は前回で最終回と言いましたがあれは嘘です。 wiredという雑誌に寄稿されたSF短編が無料公開されているので紹介しておきます。 「ボーナス・トラック・クロモソーム」は遺伝子編集による遺伝病の治療が認められ、治療を受けた子供たちが30代ほどになった未来、人間に新しい染色体を導入する、という計画に対して遺伝子工学の研究者が自身の思いを語っていく短編です。 とぼけているような、真面目に話しているような語り口で淡々と遺伝子編集と自己決定権、新しい遺伝子を持つ人間とそうでない人間の格差、といったものを論じていきます。僕の考え方とは若干違う部分もありますが、巧みな文章構成、否定にも肯定にもよりすぎない結論など、読んでいて見事なまとまり方です。「ボーナス・トラック」というネーミングも、本編を読めば素晴らしいネーミングセンスだと思うでしょう。無料で5分くらいで読めると思うので是非どうぞ。 人気SF作家書き下ろし短編を特別公開! 柞刈湯葉「ボーナス・トラック・クロモソーム」

セミオーシス

今回は植物型の知的生命体とのファーストコンタクトを何世代にもわたって描いた連作短編集、「セミオーシス」を紹介したいと思います。 舞台は遥か彼方の惑星、どうやら人類は危機に瀕したか、一部の人間が地球外を目指したのか、詳しくは語られませんが人間の一団が植民可能なとある惑星に降り立ちます。様々な生物がすむ惑星で苦労しつつもどうにか定住を始めた彼らでしたが、そこで古代にあったと思われる文明の遺跡を発見します。また、この世界に繁殖している竹のような植物が知性を持っていることにも気づくのでした。 この物語の特色は、植民した人類とこの惑星の知的生命である竹との交流を7世代、100年以上にわたって描くことです。地球に対しそれぞれの思いや思想を持つ第1世代と、地球を知らずこの星を故郷と思うそれ以降の世代では価値観も異なり、人口の安定しない過渡期の世代では孤独な一生を送らざるを得ない人物なども現れます。そんな彼らがそれぞれの思惑を抱えながらこの星の先住存在である竹と否応なしに共存を迫られていきます。 この植物知的生命体ですが、毒物を分泌したり動物を家畜化して使役しているあまり友好的ではない存在です。毒物だけならまだよいですが、麻薬のような物質を蓄えた実を作ることで人間を虜にするなどの手段を駆使し、交流が進めば頭脳を活性化する物質や感情を落ち着ける物質などを含んだ実を実らせるなど狡猾になっていきます。また植物群全体として知性を持つため不死である点も見逃せません。人間のことも基本的には使役動物とみなしていますが、長年をかけてこちらの条件を飲ませ、思考を変えさせていくことになります。 お互いに利用しあい、腹の内を探りながら信頼関係を気付いていき、一方統一された存在ではない人間は自らの内部でも分裂を起こしたりします。そんな異星で生き残ろうと足搔く人類7世代の物語是非読んでみてください。 セミオーシス-ハヤカワ・オンライン

第六ポンプ

今回はパオロ・バチガルピの短編集、「第六ポンプ」を紹介したいと思います。 表題作、「第六ポンプ」は出生率が低下し痴呆化が進行したニューヨークが舞台。まともな会話が成り立つかも怪しくなってしまった住人たちの中で、比較的まともな下水ポンプ施設の職員である主人公の物語が描かれます。インフラの管理がされなくなり、少しずつながら確実におかしくなっていくニューヨークでついに巨大下水ポンプの一つが停止し、主人公はその原因を調べるため奔走します。 同じ作者の長編小説「ねじ巻き少女」と同じ世界で繰り広げられる「カロリーマン」では石油資源が枯渇し、特許で管理された遺伝子組み換え作物と筋肉をエネルギー源とするアメリカでとある荷物を運ぶ仕事を請け負った男の逃避行を描きます。 大渇水となったアメリカで水の権利を持つカリフォルニア州に水を差し押さえられる中、水を貯える植物を違法に収穫する「タマリスク・ハンター」、不死となった人類社会で人口を制限するために新生児を処分する仕事をする主人公を描く「ポップ隊」、機械か遺伝子改造動物しかいなくなった世界で本物の犬に出会う「砂と灰の人々」、巨大生体都市が育ちつつある中国でダライ・ラマの人格の入ったデータキューブを手にしてしまった少年の冒険を描く「ポケットの中の法」など、薄暗い絶望に包まれた世界で生きる人々を描いた短編全10編が収録されています。 どの短編も緩やかに荒廃していく世界の閉塞感や絶望感、そして時折その中に混じるわずかな希望をとてもうまく表現しています。 <https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/235002.html>www.hayakawa-online.co.jp

人体冷凍 不死販売財団の恐怖

久しぶりのノンフィクションのコーナーです。今回紹介するのは「人体冷凍 不死販売財団の恐怖」です。 アメリカでは死後に人体を冷凍し将来復活することにかけるという活動があるのを知っているでしょうか?人体を冷凍するときに体内の水が細胞膜を突き破るので保存は難しい、みたいな話もありますが、今でも一定の支持を受けています。科学関係の分野ではたまに話題に上るし、冷凍睡眠はよくSFのネタになるのでサークルの人ならそこそこ知っているのではないかと思います。 この本ではそんな死後の死体の冷凍を行う組織の一つ、「アルコ―財団」に勤務した一人の職員が内部告発として書いた本です。 筆者の元の職業は救急救命士でした。ラスベガスの救急救命士という極めて危険な仕事を25年も続けてきた筆者でしたが、さすがに限界を感じ転職先を探し始めます。危険やスリルに飢えた性格をしている筆者はある日目にしたアルコ―財団の事業内容にひかれ、凍った道路での事故率低減や移植用臓器の冷凍と解凍などこれまで救急救命士としてみてきた様々な悲劇を防げるかもしれない研究をできると言われ務めることになります。 これ以降の文章を書いていたら大分生々しく気持ちの悪いものになってしまったのでスレッドの方に書きます。雑に扱われる死体の話とか胸糞の悪い話をそこそこするので見たくない人はここで止めてください。

クラーケン

今回はSFというよりかはファンタジー味の強い小説、「クラーケン」を紹介しようと思います。 ロンドンの自然史博物館でキュレーターを務めるビリー・ハロウはある日、大人気の展示物であるダイオウイカの標本が水槽ごと消えているのを目にします。いぶかしがるビリーの前に原理主義者及びセクト関連犯罪捜査班を名乗る刑事たちが接触してきます。そして彼は魔術と現代社会が奇怪に融合した裏世界に足を踏み入れることになります。 ロンドンのはらわた(文字通りの意味)を引きずり出して将来を占う占い師、タトゥーに魂を封印された男、無口な少年とよくしゃべる男の二人組の殺人鬼、拷問する相手を鉤十字にかけて殺しては復活させることを繰り返すカオス・ナチスなどなど奇怪な人々が真実を求め駆け回るビリーの前に現れます。 個人的に気に入っている能力者は終盤に出てくる瞬間移動の能力者です。あらゆる物体を分解し任意の場所に再出現できる能力を持っていますが、生命に対して使うと「一度殺して新しい全く同じ存在を生み出す」ということになる、ということに気付くことなく自分自身を何度も瞬間移動させたため、自分が瞬間移動したのと同じ回数分の自分の霊に憑りつかれています。 そしてビリーはクラーケン神教会、というカルト教団に保護され、終末を迎えるためのキーとしてダイオウイカを崇める教義を聞かされます。さらにいくつものカルト教団や魔術的なマフィアが現れる中、真の犯人が現れます。 ネタバレになるので控えますが、個人的にはこの犯人の科学と宗教のはざまの葛藤から生まれる犯行動機と目的が結構好きです。 Amazonレビューだと小難しいと書かれていますが、あらゆる魔術やオカルトやカルト宗教、コンピュータ仕掛けの魔術を使う魔術師から紀元前から続く魂の宿った人形までごった煮になったカオスなロンドンを駆け巡る物語を頭を空っぽにして純粋に楽しめばいいと思います。

銀河ヒッチハイクガイド

いつも真面目な小説ばかり紹介しているので今回はギャグ小説、「銀河ヒッチハイクガイド」を紹介しましょう。 googleで「宇宙・人生・すべての答え」と聞くと多分「42」と答えてくれると思いますが、その元ネタになったSF小説です。 ギャグ小説と書きましたが、この小説の作者はイギリス人なので、隅から隅までイギリスらしい皮肉とブラックジョークであふれています。 物語の始まりは主人公アーサー(実はチンギス・ハンの子孫らしいが一番最初以外その設定は出てこない)が市役所の廊下の薄暗いところに貼られていた異議申立期間が過ぎたため自宅前に取り壊しにやって来たブルドーザーの前で寝っ転がる必死の抵抗をしている場面から始まります。その時友人に呼び出され会いに行くのですが、その時いくつもの宇宙船が世界中に出現し地球自体が超空間ハイウェイ建造のために取り壊されてしまいます。 そしてアーサーは友人(取り壊されることを知っていた宇宙人)とともにどうにか救助された宇宙船に乗り込み、銀河の旅出発するのでした。 その後彼らはヒッチハイク嫌いのヴォゴン人に見つかり放り出され、黄金の心号という宇宙船に救助されます。その乗員であるザフォド、ザフォドにナンパされた地球人トリリアン、人間そっくりの心を持った宇宙初のロボットマーヴィンとともに伝説の星マグラシアを目指すことになります。 そしてたどり着いたマグラシアでは先述した宇宙・人生・全ての答えではある宇宙種族が究極のコンピュータを製作し、それに宇宙・人生・全ての答えを計算させていました。仕事が奪われると反対した哲学者たちも計算に何百年とかかると知り、その間この機械についての哲学的な講演を行えば今まで以上にもうけが出ると分かったため賛成に回りました。そしてついに計算は終わり、コンピュータが重々しく答えを告げる日がやってきます。 その他にも人を馬鹿にしたようなジョークが止まることなく繰り出され続けます。そんなわけで人を選ぶ小説ではあるかもしれませんが、少なくとも僕のセンスには結構あっていたので楽しく読めた記憶があります(読んだの大分昔なのでこれまでの紹介にも齟齬があるかもしれません) イギリス流ユーモアにSFを掛け合わせた唯一無二の作品である本作、とりあえず一度は読んでみてはいかがでしょうか。 銀河ヒッチハイク・ガイド :ダグラス・アダムス,安原 和見|河出書房新社

火星無期懲役

今回は久しぶりの現実より宇宙SF,「火星無期懲役」を紹介しようと思います。 主人公フランクリン・キッドリッチは麻薬漬けの息子を救うために麻薬の売人を殺して収監された殺人犯で懲役120年を宣告されました(アメリカだと罪は加算方式で刑期が伸びていくので明らかに人生より長い懲役が普通にあります)。民営刑務所に収監された彼でしたが、NASAから火星探査基地建設を請け負ったゼノシステムオペレーションという会社からある取引を持ち掛けられます。それは火星基地を一種の民営刑務所とみなし、帰ってくる必要のない作業員として火星基地建設に従事する、というものでした。刑務所での生活に嫌気のさした彼は契約に同意し、火星へ向かうため、同じような取引をした様々な受刑者たちと訓練を受けることになります。 火星にたどり着いた彼らは早速想定外の事態に遭遇します。本来一カ所にまとまっているはずの物資コンテナが25km近く遠くに分散してしまっていたのです。 それをどうにか回収し基地建設を進めていく彼らですが、一人一人と受刑者たちが死んでいくにあたり不穏な雰囲気を帯びていきます。一つ一つは事故に見えなくもない状況ですが、どれも怪しい点があり、フランクは疑念を募らせていきます。 著者はもともと別名義で作家業をしていたのですが、「火星の人」、「オデッセイ」の流行を受けて出版社から似たの書いてと言われて書いたそうです。しかし十分にオリジナリティーのあるSFサスペンスに仕上がっていると思います。 ブラック企業の提供で送る火星の人、火星の人を読んで似ているけど雰囲気の違うものを読んでみたいと思ったらおすすめです。 <https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014189/>www.hayakawa-online.co.jp

アメリカン・プリズン

今回はついでにアメリカでの民営刑務所の実態を描いたノンフィクション、「アメリカン・プリズン」を紹介したいと思います。 日本でも民営化によるコストカットは時々選挙の争点になりますが、アメリカでは刑務所の一部が民間企業により運営されています。民営刑務所は州や連邦政府から囚人に対し一日いくらという金額で契約し、彼らを収監する刑務所を運営しています。しかし一日当たりいくらという支払い体系であるため、運営費を徹底的にカットした方が利益が上がります。そのため囚人たちは劣悪な環境に置かれていました。 著者はかつてイランに取材に行った際国境線に近づきすぎてスパイ容疑でとらえられ2年以上収監されていました。帰国後PTSDを発症した彼は自身の経験と向き合うためにもこの民営刑務所の一つに潜入取材することを決意します。 本書の半分は彼の潜入取材るポタージュで占められており、もう半分では囚人を労働力としてきた歴史が紹介されます。南北戦争がおわり、奴隷制が廃止された南部では安価な労働力を失い経済が疲弊していました。そのための解決策として編み出されたのが黒人を微罪で逮捕し刑罰という名目で強制労働させるというものでした。この南北戦争終結から現代まで続く刑務所で利益を上げる方式の変遷もまた興味深いものがあります。 横暴な刑務所というと看守が囚人に暴力をふるうものを想像するかもしれませんが、民営刑務所のコストカットは職員にも及んでおり、時給は9ドル、基準の人員の半分しかいない職員により運営されています。そのために刑務所では看守と囚人の奇妙な協力関係が生まれています。もちろん看守は囚人になめられないために高圧的にふるまったり、もともと高圧的な性格の人物も(特に上層部に)いますが、彼らも囚人の意向を簡単に無視することはできません。そもそもコストカットのために警棒も催涙スプレーも与えられていないので囚人に囲まれたら抵抗はできないのです。 そんな刑務所で暮らすうちに次第に著者の性格が変化していく様も描かれ、環境の恐ろしさも体感させられます。 アメリカン・プリズン 潜入記者の見た知られざる刑務所ビジネス - シェーン・バウアー/満園真木 訳|東京創元社

インテグラル・ツリー

今回は無重力世界を舞台にしたSF、ラリー・ニーヴンの「インテグラル・ツリー」を紹介しようと思います。 物語の舞台は中性子星レボイの周辺をトーラス上に回転する呼吸可能なガスの塊です。このトーラスの中心付近はガスの濃度が濃く、生命が生存可能ですが、軌道上を周回しているため常に自由落下状態であり、上下はありません。 大抵の動植物は空中に浮かんだ水滴の中で暮らしています。 そんな世界に存在する人類はかつてこの世界に植民したようですが、その記憶はとうに失われこの世界を故郷として暮らしています。 彼らが暮らしているのは100km近く伸びる巨大な植物、「インテグラル・ツリー」です。潮汐ロックによってこの植物は常に軌道と垂直に伸びており、軌道速度と実際の速度が違う樹の端では速度差からくる強風によって植物がたわみ、名前の由来となった積分記号(インテグラル)の形になります。 そんなインテグラル・ツリーの一つに住むクィン一族ですが、気候の変動により飢饉の危機が訪れます。新たな食糧を探すために旅立った主人公たちはやがて故郷の樹を離れこの世界の驚異に出会うことになります。 奇妙ながらも確かに科学に基づいた世界を旅できるというのはSFならではの体験だと思っているので是非読んでほしい一冊です。 <https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%84%E3%83%AA%E3%83%BC-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E6%96%87%E5%BA%ABSF-%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%A4-%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3/dp/4150106932>www.amazon.co.jp

地球の長い午後

今回は変わり果てた地球を旅する遠未来SF,「地球の長い午後」を紹介したいと思います。 遥かな未来、地球の自転はついに止まり、永遠の昼と永遠の夜に分かれていました。 動物が繁栄した時代は終わり、永遠の太陽のもとで大陸全てを覆いつくしたベンガルボダイジュの中で動くように進化した植物たちが繁栄を極めていました。 そんな中でわずかに生き残った人類の部族の長、リリヨーは他の数名の仲間とともに地球と月の間にかかった植物グモ「ツナワタリ」に乗って月を目指します。 新たなリーダーにトイが就任しましたが、反発したグレンは追放されてしまいます。そんな彼は「アミガサタケ」と呼ばれるキノコに寄生され、かつて人類が持っていたとされる思考力を手にいれます。グレンはアミガサタケの導くままに出会った仲間たちと旅を始めます。 奇怪な世界を旅するSFは僕の趣味の最たるものなのでしょっちゅう紹介していますが、この作品は様々な作家が影響を受けたことを公言してる作品です。昔紹介したアド・バードの作者椎名誠、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」などです。(漫画版か映画版かは知らないです)他にも弐瓶勉(シドニアの騎士や人形の国を描いている漫画家です)など、様々なSF系の作家に影響を与えた作品です。ここまで書けばこの作品がどれほどの緻密に世界を描いているのかがわかると思います。 <https://www.amazon.co.jp/%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%81%AE%E9%95%B7%E3%81%84%E5%8D%88%E5%BE%8C-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E6%96%87%E5%BA%AB-224-%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3-W-%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9/dp/4150102244>www.amazon.co.jp

ヒト夜の永い夢

今回は一風変わった歴史改変SF,「ヒト夜の永い夢」を紹介したいと思います。 舞台は昭和初め、博物学者南方熊楠のもとへ超心理学者福来友吉が訪れます。彼に誘われ参加したのは昭和考幽学会というあらゆる物事について考え討論する奇妙な学会でした。 そこで彼らは新天皇即位を祝う独自行事を考えます。そうして考え出されたのが粘菌を使って思考する生体コンピュータを持った人形、「天皇機関」の開発でした。 生み出された少女型のロボット、天皇機関を天皇に献上すべく独自の列車に乗り込む昭和考幽学会の面々でしたが、天皇機関は独自の思考をはじめ自体は思わぬ方向に向かっていきます。 著者である柴田勝家(本人の写真がネットにありますがほんとにそれっぽいです)は民俗学を学んでいた人物で、これまでも民俗学をテーマにしたSFを何本か書いていますが、本書では昭和初期の実在の人物たちが次々登場し、夢とも現実ともつかぬ物語を繰り広げます。僕はあまり歴史に詳しくないのでどこかで聞いたことある人たちだな、位の感想しか持てなかったのですが、より詳しい人たちならさらに楽しめると思います。物語全体の雰囲気も昔何度か読んだことのある昭和の伝奇小説のようなエログロナンセンスの独特の調子と雰囲気を持っていて気づけばのめりこんでいます。 さて、彼らの手を離れてしまった天皇機関ですが、自身の胞子を使い夢とも現実ともつかない世を作り出していきます。それを用いた二・二六事件勃発を収めるため、南方熊楠たちは學天則の後継機を開発し大混乱の帝都へと乗り込みます。物語は熊楠が幼いころに見た夢から始まりますが、幾人もの夢と現実が交差していく過程で幻想的ながらも生々しいクライマックスへと進んでいく過程はエンターテイメントとしても一級品です。 歴史改変SF,幻想小説などあらゆる角度から楽しめる一冊なので歴史好きからファンタジー好きにまでお勧めできます。 ヒト夜の永い夢-ハヤカワ・オンライン

黒暗森林

この前紹介した「三体」の続編、「黒暗森林」をやっと読んだので今回はこれを紹介しようと思います。 前作「三体」で三体世界からの侵略に曝されることが分かった地球。三体世界からの侵略艦隊は4光年を400年かけて進んできます。しかし先んじて三体人が送り込んできた陽子に回路を組み込んだコンピュータ「智子」によって人類の行動はすべて筒抜けであり、また量子領域での実験結果を全て封じられ基礎科学の停滞を余儀なくされます。 黒暗森林上巻ではこの智子の監視に対抗するために始まった面壁者計画が描かれます。唯一智子が監視できないのは人間の思考ですが、複数人が集まって協議してしまうと情報が漏れてしまいます。そこで面壁者計画では全世界で4人に強大な権限を与え、4人の頭の中だけに作戦を封印することで智子を欺こうとします。世界的に有名な戦略家や科学者が選ばれる中、唯一無名であった羅輯は、なぜ自分が選ばれたのかを考えるうちにかつて三体危機を引き起こした人物である葉文潔に宇宙社会学の公理というものを聞かされたことを思い出します。 下巻では200年が経過した未来において、人口冬眠から目を覚ました羅輯達の物語が描かれます。目を覚ました彼らが見たのは発展を遂げ光速の15%近い速力を出せる宇宙戦艦を配備した人類たちでした。彼らは三体世界から先に送り込まれた探査機を回収するミッションを開始する直前でした。相変わらず基礎科学は封じられているものの宇宙艦隊を配備した人類は回収ミッションは極めて簡単なものだと考えていました… これまでのSF紹介ではやたら凝ったものを紹介してきた(僕の趣味なので後悔も反省もしてませんしこれからもそうしますが)のですが、これはアーサーCクラークなどを思い出す、きわめて王道なSFで、アイデアもボリューム十分なので誰にでもお勧めできる作品です。 三体Ⅱ 黒暗森林 上-ハヤカワ・オンライン

生まれ変わり

「生まれ変わり」は純文学の書き手でもあるアメリカの中国人SF作家、ケン・リュウのSF短編集です。 同じく彼の短編集、紙の動物園はSFや純文学、ファンタジーなど様々な要素が読める短編集ですのでまた紹介するかもしれないです。 まずは表題作、「生まれ変わり」。地球を訪れた異星人と共存を始める人類ですが、人格とは無数の人格の集合体である、という前提から始まる彼らの法体系が大きな齟齬を引き起こします。精神の一部を改変する技術を持つ彼らは、犯罪を起こした人物に対して犯罪を犯した部分だけを消去し「罰する」ことで処分とします。強大な力を持つ彼らに対して受け入れられる人間とそうでない人間の考えの違いが軋轢を引き起こしていきます。彼らの合理的ともいえ、ある面では確かに正しい法制度と、過去の過ちが人類基準で正されていないことに対する怒り、どちらにも説得力を持って描いているのに唸らされます。 「介護士」では失敗の多い介護ロボットを購入した老人と家族ですが、老人はそのロボットと生活していく間にその裏の仕組みに気が付いていきます。 神々は~で始まる三作の連作短編ではとある契機で発生した意思を持った人工知性たちに翻弄される世界が描かれ、短編3つなのに映画一つ見たような気分になります。 「ビザンチン・エンパシー」ではNGOといった組織に頼らず、ブロックチェーンやVRを駆使して直接貧困地域を支援しようという発想を、推進しようとする側とNGOの調整係二人の視点から描きます。革新的なアイデアは確かに進歩をもたらしますが、すべてが上手くいくわけでもなく、そしてそれらを双方の立場から描いていくことで説得力を与えています。 他にも様々なSF的アイデアとそれをうまく社会情勢に絡めながらしっかりと人間ドラマとしてまとめあげた短編の数々は見事の一言です。短編集で読みやすいので是非試験やレポートにつかれたときにでもどうぞ。 生まれ変わり-ハヤカワ・オンライン

リリエンタールの末裔

とりあえず今回は夏らしくさわやかな短編が含まれる短編集、「リリエンタールの末裔」を紹介したいと思います。 表題作リリエンタールの末裔の舞台は陸上の大半が海に沈んだ未来。作者上田早夕里の代表作の長編、「華竜の宮」、「深紅の碑文」や他の短編集に収録されている「魚船・獣舟」「完全なる脳髄」などで構成される「オーシャン・クロニクル」シリーズの中の一つですが、独立して楽しめるので問題ありません。物語の主人公はわずかに残る陸地で暮らす小さな部族の少年です。この部族の子供の遊びとして手作りの凧でほんの一瞬浮かんで遊ぶというものがありました。多くの子供は大きくなるに従い飽きていきますが、唯一彼だけはやめようとせず、村で管理する人工知能に質問する機会が与えられた時、空を飛ぶ方法を質問します。人工知性はグライダーで飛ぶ海上都市の富裕層で構成された同好会の存在を教え、彼の夢をかなえる日々が始まりました。 主人公である少年は部族の土地から海上都市へ向かい、やがて成長していきます。ただ空を飛ぶという純粋な夢を叶えるために様々なものをあきらめ、社会の不条理に向き合わなくてはならなくなりますが、それでも夢を忘れず前に進み続ける姿はとてもさわやかで勇気づけられるものです。 バイオフィードバック式の無人探査機の操縦士たちを描いた「ナイト・ブルーの記録」では無人機と一体化した人々が手にする新しい感覚が描かれます。無人深海探査機の情報を操縦士の感覚にフィードバックする新方式の探査機を操縦していく中で克明に描かれる共感覚を手にしていく様は、一種の障害であると世間に結論付けられてしまいますが、操縦士はそれは新しい感覚であり、素晴らしい世界への扉なのだと語ります。機械によって生み出される新しい感覚と世界を美しく描き出してくれる短編です。 中編「幻のクロノメーター」は実在する時計職人ジョン・ハリソンの経度測定のための航海用クロノメーター製作とファーストコンタクトを組み合わせた歴史改変SFです。 8世紀、経度を図るために正確な時計を作ったものには賞金が与えられることになっていました。時計職人ジョン・ハリソンはH1~H5までの5つの時計を作り、航海に十分な精度を持ったクロノメーターの開発に成功します。一方で時計の部品として使うことで一切の誤差なく時間を計ることのできる不思議な石が発見されます。かつてハリソンの家で過ごした女性の視点で語られる物語は技術に挑む人々を力強く描き、そして一つの発見によって私たちの知る歴史から大きく変化した世界の描写へとつながっていきます。この二つを破綻なく自然に結び付けているのがこの中編の素晴らしいところです。 もう一つ収録されている「マグネフィオ」では昏睡状態の夫の脳波を磁性流体によって視覚化しようとする挑戦と、記憶や感情にまで踏み込んでいく技術を肯定にも否定にもよらず描いていく物語です。 機械や技術発展を描く一方で、その技術を開発するだけでなく技術に影響をうけ人間自体が変化していく様を描き、技術に人々が注ぐ情熱ををしっかりと描写する、技術者を目指す人たちに是非読んでほしい短編集です。 リリエンタールの末裔-ハヤカワ・オンライン

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集

今回はおとぎ話をSFに換骨奪胎した短編集、「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」を紹介したいと思います。 仮想世界で暮らすのが当たり前の世界で珍しく肉体で暮らす少女シンデレラが継母に肉体の管理権を奪われ死にかけた時、魔女を名乗る人物が手を差し伸べ環大西洋連合王国の舞踏会への招待状を手渡す「地球灰かぶり姫」、引退した戦闘用アンドロイドの管理する遺伝子改造竹林にある日現れた由来不明の少女をめぐって繰り広げられる「竹取戦記」、仮想世界の楽園に暮らす姫の前に現れた醜い7人の小人を追いかけるうちに真実が明かされる「スノーホワイト・ホワイトアウト」など、誰もが知っているおとぎ話を基にしながらSF要素を巧みに織り交ぜた全6つの短編が収録されています。 個人的にはうえで紹介した3つの短編が特にお勧めです。地球灰かぶり姫は比較的元のシンデレラに近いストーリーが展開されますが、竹取戦記ではかぐや姫に皆が集まる理由が異なっており、そこから展開は同じながら全く違う意味を持つ展開へと発展していきます。スノーホワイト・ホワイトアウトはオチが一番好きな短編ですがネタバレになるのでぜひ読んでほしいです。あらすじの時点で元の白雪姫とはだいぶ違いますが、白い雪というものをうまく使ったラストの表現が秀逸です。 Amazonではよいこのための無料版と題して一つ目の短編地球灰かぶり姫が無料で公開されていますので、ぜひそれを読んで面白かったら短編集も手に取ってもらえると嬉しいです。 トランスヒューマンガンマ線バースト童話集-ハヤカワ・オンライン

ビット・プレイヤー

ビット・プレイヤー自体は好きな短編集なのですが、なぜか不気味の谷だけ内容が記憶から抜け落ちているので他の短編メインで紹介していきます(つまらない短編があった記憶はないので多分面白いと思います)。 一つ目の短編、七色覚は人工網膜を埋め込んだ少年の成長物語です。目の病気の治療のため、センサー部分に印加する電圧を変えることで反応する波長を変えられる人工網膜を埋め込んだ少年でしたが、本来人間に合わせて3原色にしか反応しないようかけられているロックを外すことで7つの原色に反応する全く新しい視覚を手に入れます。人間の資格をしのぐ情報を手に入れた彼は同じように網膜を埋め込んだ人々とコミュニティーを築きながらその力で生活していくすべを見つけていきますが、そのセンサーを使って情報を得るのに目に埋め込む必要はなく、携帯端末に標準機能として搭載されるようになり、彼らの力は特別なものではなくなっていきます。 技術によって力を得たサイボーグである主人公たちですが、その特権はやがて技術が安価になり世界中に普及していくにつれ失われていきます。それでも生きていく姿は力強いものですし、彼らの見るあたららしい視覚の描写も小説ならではで素晴らしいです。 表題作、「ビット・プレイヤー」はゲーム世界に転生する日本人ならたぶんおなじみな設定ですが、残念ながら魔法の一つも出てきません。重力が横向きに働くという雑な設定で作られたMMOらしき世界に自動生成NPCとして作られてしまった主人公は過疎ってほとんど人も来ないマップで世界の仕組みを知って利用するべく様々な実験や工作を始めます。異世界転生ものほとんど読まないのでその辺の軸での評価はできませんが結構好きな短編です。 「鍔乗り」「孤児惑星」はいずれ紹介する予定の長編「白熱光」と世界設定を共有する短編・中編です。特に「鍔乗り」の登場人物は「白熱光」にも名前だけ登場しますが、こちらを先に読んでも問題ありません。むしろこちらを先に読んだほうが白熱光の世界を理解しやすくなるかもしれません。 これらの世界ははるかな未来、銀河にあまねく広がるネットワーク世界「融合世界(アマルガム)」が舞台です。主人公はデータ化した人類の末裔。「鍔乗り」では結婚生活1万309年目の夫婦がそろそろ人生を終わりにする最後の冒険として、融合世界からの呼びかけに一切答えなかった銀河中心部の世界、「孤高世界」へ向かいます。 「孤児惑星」は「鍔乗り」「白熱光」からさらに進んだ未来。10億年近く銀河を放浪している孤児惑星タルーラですが、地中からは核分裂とも核融合とも違う未知のエネルギー反応が検出されていました。太陽もないのにどうやってエネルギーを維持しているのか、ついに融合世界と接触可能な軌道をとる瞬間が計算され、調査隊が派遣されます。そして彼らはタルーラに住む原住民との接触を果たすのでした。 どちらの話もSFらしい冒険ストーリーに徹底的にディテールを加えたイーガンらしい作品です。 ほかにも難民問題を扱った「失われた大陸」なども盛り込まれています。イーガンは科学と物語を組み合わせるSFの一つの極致といえる作家だと思っていますが、この短編集はイーガンの成果をとても分かりやすく面白い形で読むことができる短編集なのでぜひ読んでみてください。 ビット・プレイヤー-ハヤカワ・オンライン

白熱光

今回は前回名前だけ出てきたグレッグ・イーガンのSF,「白熱光」を紹介したいと思います。 イーガンは数学の博士号を持っている作家で数学や物理学の知識を駆使した独自設定の世界を展開することで有名です。この白熱光も例にもれず高重力の星を回る星での物理現象の実験などわかりにくいシーンがいろいろ出てきますが、純粋に物語としても面白いです。 前回も紹介したように、白熱光の舞台は数多の銀河種族たちが築いた巨大ネットワーク、融合世界(アマルガム)が舞台。そこに住む主人公たちはある日いつもは銀河中に散らばっているけれど数千年に一度一か所に集まるという種族の人物に話しかけられます。その人から融合世界からの一切の干渉を拒んでいた孤高世界から孤高世界にはまだカタログに載っていないDNA基質の生物が存在するというメッセージが送信されたと聞き、主人公ラケシュたちは孤高世界を目指します。 一方孤高世界に住む種族のロスという女性はある日ザックという物理法則を研究する奇妙な老人に出会います。 奇数章ではラケシュたちの孤高世界の謎を解き明かす冒険が、偶数章ではロスたちの物理法則を探求する物語が描かれます。 ロスたちの発見は最初は古典物理学から始まるのですが最後には相対性理論まで行くのでかなり難解なものになります。それでも小惑星内部に住んでいるので天体観測ができない中、様々な実験を通して自分たちが巨大な重力を持つ星の周りを公転していることを発見していく様子を見るのは興味深いです。 ラケシュたちもまた孤高世界で巨大望遠鏡を建造し一つの小惑星を発見します。そして孤高世界の住人との接触していきます。 先に述べたとおり、イーガンは科学的な正確さに徹底的にこだわる作家なので実験の詳細などについてもとても細かく描写しますが、全体的にはミステリー調で展開するラケシュたちのパート、科学するとはどういうことかを突き詰めていき、発見する楽しさや興奮を余すとこなく描いていくロスたちのパート、どちらも十分に楽しめます。 何を言っているのかわからなくなっても解説のサイトがあるので安心です。 -01-01 いろいろ言いましたが、イーガンの話は基本的に知性を持った生物の目指す幸福とは何かや新しいものを発見する喜びなどを緻密に描いてくれる作家なので一度読んでみてほしいと思います。 白熱光-ハヤカワ・オンライン

ウェイプスウィード ヨルの惑星

今回は雰囲気を変えて「ウェイプスウィード ヨルの惑星」を紹介したいと思います。 もともとは年間日本SF傑作選という毎年刊行される短編集(最近辞めてしまったみたいですが)に収録されていたウェイプスウィードという短編を連作短編の形で長編化したものです。 遠未来の太陽系、人類は地球を離れ各惑星や小惑星に居住していました。地球は環境保護のために立ち入りが制限され、地球を離れなかったわずかな部族が生活していました。 主人公はそんな惑星に住む巫女のヨル、木星出身の科学者ケンガセンの二人です。環境激変の結果大部分が海に沈んだ地球で最大の生物となったのがエルグレナと呼ばれるミドリムシの変異体であり、様々な形で惑星全体を覆っています。ケンガセンたちの研究グループはこの生物の研究のため地球に降りる許可を得て降下艇で着陸を試みますが、原因不明の事故により破壊され、ケンガセン以外は死亡してしまい、墜落地点から最も近いヨルの島に救援要請がなされます。 一方地球に住むヨルの部族で科学を学ぶことができるのは巫女のヨルだけでした。好奇心旺盛ながら科学を知らない村人たちに相手にされず飽き飽きしていたヨルは科学者のケンガセンと意気投合していきます。 そして彼らの調査目標である菌類とエルグレナの共生体が作り上げる巨大な海中の花、ウェイプスウィードに向かうことになりますが、そこでの発見は次第に人類に大きな影響を及ぼしていくことになります。 人類が新たな知性体と出会う、いわゆるファーストコンタクトものなのですが、ファーストコンタクトに至るまでの過程がメインで描かれるのが特徴的な一冊です。 またキャラクターもたっていて読みやすく、SF的な設定もしっかり練られているので夏休みに少しSFを読んでみようかなと思った人にもお勧めしたい一冊です。 ウェイプスウィード──ヨルの惑星-ハヤカワ・オンライン

ディアスポラ

今回はイーガンの長編の中で僕が一番好きな、「ディアスポラ」を紹介したいと思います。 舞台は25世紀、人類はいまだ肉体を持つ肉体人、電脳世界ポリスに移住した市民、ロボットに宿るグレイズナーの3種に分かれていました。あまたあるポリスの一つ、コニシで人格生成プログラムに生み出された孤児ヤチマや彼?の仲間たちのたどる数奇な運命を描いた作品です。 白熱光で説明したようにイーガンは数学の博士号を持っており、独自の緻密に練られた物理学の設定を駆使する作家で、この作品でも遺憾なくその実力を発揮していますが、肉体を持った人間も出てきますし(途中で絶滅しますけど)、比較的なじみ安い部類に入ります。少なくとも僕は中学生のころに夢中になって読めたので皆さんなら大丈夫です。 第1部、第2部で地球の地下深くや太陽系中に置かれた計算施設でプログラムとして生きるヤチマですが、ある時友人に誘われ廃棄されたグレイズナーのロボット(反物質駆動であと3000年くらいは動く)に乗って失われた肉体人と交流を目指します。肉体人たちは遺伝子工学を極め、家から発電装置まで生物で構成しており、肉体人そのものも数えきれない系統に分裂していました。彼らとの交流の後、あと数万年は起こらないだろうと言われたガンマ線バーストが突如として観測され、地球に降り注ぐことがグレイズナーたちの観測から明らかになります。 第3部では自分たちの物理学が間違っていることを突き付けられ、内向的だったポリスのうち、物質宇宙にこだわるカーター-ツィマーマンポリス一つが巨大な加速器長炉(太陽の直径の20倍近い長さに延々と1g以下の加速ユニットを並べ続ける頭のおかしい加速器)を建設、新物理学の目玉、ワームホールの製作に挑みます。 そしてワームホール建設が不可能と分かった第4部、ついに題名でもある宇宙探査計画、宇宙で知的生命がいると思われる1000の恒星に向けポリスそのものののコピー1000を送り込むというディアスポラ計画が始まります。これによって彼らはついに異星生物との接触に遭遇しますが… この第4部はワンの絨毯という独立した中編として発表され高い評価を受けたもので、この部分を構成するアイデアだけでも本書を読む価値があります。 そして第5部、ついに真実にたどり着いたヤチマたちの決断と新たな旅が始まります。 さて、小難しい理屈が山ほど出てくる作品ではありますが、基本は異星知性とのコンタクトを目指す冒険物語です。 他にも電子化された生命のアイデンティティ、ソフトウェアである自身の価値観を自身で定義できるときどんな価値観を選ぶのか(これはしあわせの理由というイーガンを代表する名作短編があるのでそのうち紹介します)などの問題も問いかけていくので、科学的なディテールがあいまいでもとても楽しめます。 普通では想像すら難しい壮大な旅路を旅できる一冊で、ラストシーンがとても好きなのでので是非読んでもらいたいです。 ディアスポラ-ハヤカワ・オンライン この本にも有志の解説サイトがあるので分からなくなったら是非。 ディアスポラ数理研:はじめに - ita’s diary

バビロニア・ウェーブ

今回は最近紹介が減ってきた宇宙物のSFを紹介したいと思います。 「バビロニア・ウェーブ」は太陽系のそばに発見された強力なレーザー光束、バビロニア・ウェーブをめぐるハードSFです。 深宇宙探査機の連絡から太陽系から3光日の位置にバビロニア・ウェーブが発見されてから、人類はその光束に鏡を挿入し取り出すことで無限に近いエネルギーを入手することが可能になりました。また太陽系全域に鏡反射させたレーザー光線網を張り巡らすことによってレーザー帆船で高速な行き来も可能になっています。 ある日宇宙船の操縦士マキタはバビロニア・ウェーブの近傍にある送電基地に緊急の貨物を運ぶため向かっていたところ、目的地からの応答が途絶し推進用レーザーが止まってしまいます。 不審に思いながらも慣性航行を続ける彼の前に高速調査艇に乗って表れたのはバビロニア・ウェーブの発見者その人でした。緊急脱出艇で教授と貨物とともに送電基地にたどり着いたマキタはダムキナ計画という謎の計画に巻き込まれていきます。 作者の堀晃はもともと繊維メーカーに勤めており、科学への造詣が深いことでも有名な作家で、この物語でも科学的なディテールを楽しめます。それと同時に太陽系から3光日離れた場所での連続不審死という究極のクローズドサークルなミステリの趣もあります。 ダムキナ計画の謎、マキタが運ぶことになっていた貨物、送電基地で相次ぐ不審死、そしてバビロニアウェーブとはそもそも何なのか、SF的、ミステリ的な謎が幾重にも提示されしっかりと解決されていく様を味わえる作品はそう多くないでしょう。 バビロニア・ウェーブ - 堀晃|東京創元社

ドローンスクランブル、推定脅威、リヴィジョンA

さっきちょっと話題になったので航空業界を描いたミステリ、「ドローンスクランブル」、「推定脅威」、「リヴィジョンA」を紹介しようと思います。 「ドローンスクランブル」では在原という技術者がいち早く立ち上げたドローンのベンチャー企業、「リモートテック」を中心に、自衛隊の装備品としてドローンを採用する計画をめぐり航空機開発会社や防衛省を巻き込んだ大騒動が始まります。 「推定脅威」では自衛隊の戦闘機TF-1が二度にわたり墜落を起こした事件をめぐり、新入社員沢本由佳が独自の調査を始めます。 「リヴィジョンA」はまだ読んでいないのですが「推定脅威」の続編で、前作の主人公沢本由佳が練習戦闘機TF-1の改修計画を目指します。 著者の未須本有生は東大工学部航空学科を卒業し大手メーカーに勤務し航空機の設計に携わった人物です(戦闘機開発に携わった、と言っているので多分三菱ですかね、出てくる架空の会社は四星工業ですし)。 これらの小説は彼がメーカーで働いていた時の経験をもとに書かれたものなので、日本の航空機開発のリアルな描写が楽しめます。 航空業界や飛行機の開発に興味があるという人はぜひ読んでみてください。 <https://www.amazon.co.jp/dp/4163905332/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_UB4wFbXRMPQSK>www.amazon.co.jp <https://www.amazon.co.jp/dp/4167906317/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_HN4wFbJ5VNQEQ>www.amazon.co.jp <https://www.amazon.co.jp/dp/4167910888/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_VN4wFb61MQC96>www.amazon.co.jp

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン、メカ・サムライ・エンパイア

今回は明日9月17日にシリーズ最終巻が発売される歴史改変SF「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」、続編の「メカ・サムライ・エンパイア」を紹介したいと思います。 第2次大戦で枢軸国が勝利した世界、と言えば多分ここにいる人の大半が一度は想像したことがあると思います(?)。このシリーズはアジア系アメリカ人が枢軸国が勝利し世界を支配した世界を描くシリーズです。 アメリカは西側を日本、東側をナチス・ドイツに緩衝地帯を挟んで分割統治されています。 第1作、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」ではサンノゼに原爆が投下されたシーンから物語は始まり、アメリカが勝利した架空の世界を描く違法ゲーム、「USA」の出自に関わっているとされる六浦賀将軍を特高警察の規野と電卓(スマホみたいなもの)ゲームのプレイ履歴から反乱分子をあぶりだす仕事をしている石村大尉が追いかけます。 表紙にでかでかと巨大メカが載っているのにほとんど出てこないので表紙詐欺とか言われますが、サスペンス・ミステリー調でスリリングな展開が次々起きるのでメカが出てこなくても十分に面白いです。ちゃんと終盤ではメカ同士で戦うのでご安心ください。 第2作、「メカ・サムライ・エンパイア」では大人たちの陰謀劇から一転、両親をテロで失った少年がメカ(大日本帝国の最強兵器。ナチスドイツは生物から作った怪獣みたいな兵器を使う。)パイロットを目指す成長物語になります。この作品だけでも楽しめますが、前作から続投する人物が何人かいて、前作を読んでいると意外な因縁がわかるので先に前作を読んでほしいです。 もちろんアメリカを支配する大日本帝国はディストピアなわけですが、このシリーズで好きなのは表面ではすさまじい発展を遂げていることです。第1作の舞台は1988年ですが、大半の病気は治療可能となり、高層ビルの立ち並ぶ街を自動運転車が走り回っています。イメージとしては現在の中国が近い、体制に批判的な人物への弾圧と経済的な発展を併せ持つ世界が広がっています。そして登場人物たちもただ体制に抗おうとしたり盲信したりするのではなく、それぞれが独自の思想や信念を持っており魅力的です。 シリーズ最終巻「サイバー・ショーグン・レボリューション」は明日発売で、多分前2作も同時に書店に並ぶと思うのでぜひ手に取ってみてください。 ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン-ハヤカワ・オンライン メカ・サムライ・エンパイア-ハヤカワ・オンライン サイバー・ショーグン・レボリューション-ハヤカワ・オンライン

BLAME!

今回は「BLAME!」を紹介しようと思います。 最新作人形の国では大分台詞や説明が増えて分かりやすくなり評判のよくなっている弐瓶勉ですが、初期には説明や台詞がほとんどない作風が特徴でした。「BLAME!」はその当時の作風が前面に出ており、ナレーションのようなものは一切なく、主人公もほぼしゃべりません。それでも緻密な絵柄と雰囲気によって多くのファンがいる作品です。 舞台は遠未来、暴走したネットスフィアと呼ばれるシステムによって延々と建造され続ける巨大都市の中で探索者霧亥がネットスフィア正常化の鍵である「ネット端末遺伝子」を探して旅を繰り広げます。 この漫画の魅力は緻密に描かれた広大な都市と作品全体に漂う雰囲気です。 太陽系を飲み込むほどに巨大化している都市ですが、作者は建築に携わっていた経歴を生かし、その都市の巨大さを要所要所で見事に描いています。途中で戦う巨大な敵であっても、人間からしたら巨大というだけで都市の規模の中では何ということはない存在であると見せつけるシーンなど、絵だけなく漫画としても都市の巨大さをうまく表現しています。SFではよく巨大な物体が出てきますが、それが本当に巨大であるということを実感として与えてくれるのは漫画ならではであり、なかなか味わえない体験です。 また都市自体は巨大でありながらも、無作為に建造されるだけで住民はほとんどおらず、残る住民もネット端末遺伝子を持たない存在を排除する防衛機構セーフガードによって壊滅寸前に追い込まれています。そんな世界を旅する霧亥を描いたこの作品には広大かつ虚無で満ちた世界の静謐な雰囲気が漂っています。 霧亥の目的は探索であり、敵を倒しても得られるものはありません。そんな中セーフガードやネットのカオスを維持しようとする独自勢力、珪素生物たちと戦いながら先に進むため、派手なアクションシーンがいくつもありますが、戦いの終わった後や旅をするシーンでは無人の都市を進んでいく寂寥感や静かな雰囲気を存分に堪能できます。特に戦いが終わった後に訪れる静寂はアクションシーンの緊迫感との対比で印象に残ります。 随分古い漫画なので漫画自体はすでに絶版なのですが、B5版に大きくなった新装版BLAME!全六巻が販売されています。またアニメ映画化もされており、こちらは漫画版の電基漁師編をもとに作られたオリジナルのストーリーで、僕は原作の方が好きですが王道でアクションもある映画としてしっかりまとめられており、原作の雰囲気も要所要所で味わえるので是非見ていただきたい一本です。 新装版は結構高くて全部買うと1万円を超えるのですが、絶版された方の電子版は今でも買えるのでそちらもおすすめです。 他にも前日譚NOiSEやスピンオフ、ブラム学園and so onもあるので気になる人はぜひ読んでみてください。 試し読み↓ BLAME!(1) | 弐瓶勉 | 無料漫画(マンガ)ならコミックシーモア 映画↓ <http://www.blame.jp/>> 新装版↓ [『新装版 BLAME!(1)』(弐瓶 勉) 製品詳細 講談社コミックプラス 電子書籍↓(電子書籍は全10巻です) <https://www.amazon.co.jp/dp/B00C9QK1YI/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1>www.amazon.co.jp

Self Reference ENGINE

ネットフリックスが新しいゴジラのアニメシリーズを作るそうで、今回はその脚本家に選ばれた芥川賞受賞のSF作家、円城塔の「Self Reference ENGINE」を紹介したいと思います。 とはいえ僕はこの小説が何を言っているのか正直よくわかっていないのですけれど。 ある日、イベントと呼ばれる事象で時空間や因果律がめちゃくちゃになってしまった世界。そんな世界で巨大知性体や人間たちの22編の短編が収録されています。 円城塔は何を言っているのか全く分からないのになんとなく情景を想像しているだけで面白く、最後の方にはなんか感動してるという作風?の作家で、処女作であるこの作品ですでにそういった作風が前面に出ています。 話をよく分かっていないうえ、あらすじ先ほど書いたとおりのあらすじなので正直なんか面白いし、以外と読みやすいから読んでみてくれ、ということしかできないので作品紹介もこれ以上できないのですが、個人的に気に入っている短編は床下からフロイト(心理学の人)が22体くらい出てくる話と靴下が巨大な石像に挑む話です。 特にフロイトの方は床下からフロイトが出てきた親戚一同の反応がなんかそれっぽくて好きです。 円城塔とはどういう作家なのかよくわかる短編集なので、ぜひ読んでみてください。

寄港地のない船

昔から読むつもりで読んでなかった本が新訳版になって本屋で売られていたので今回は思わず買って読んだ「寄港地のない船」を紹介したいと思います。 以前この作者の書いた地球の長い午後を紹介しましたが、今回紹介する寄港地のない船はこの作者の初めて発表した長編です。 舞台はかつて建造された世代間宇宙船。しかしそのことは遥か昔に忘れ去られ、元住人たちは異常発達した植物に囲まれた居住区で原始的な生活を送っています。そんな中ある部族で狩人をしているロイは部族の司祭、マラッパーに誘われ未知の部族「前部人」がいるとされる船の前部を目指す旅に誘われます。 マラッパー達一行は変わり映えのしない植物に覆いつくされた世界を進んでいくうち、船の本来の主であると言われる巨人と出会い、さらに旅を進めるうちについに前部人たちの領域に到達します。ロイ達に比べればまともな生活を送る前部人ですが、この世界が船であることは知っていてもなぜ船が今の状態になったのか、船がどこへ向かっているのかは謎のままです。しかしロイ達との接触を皮切りに次第に状況は変化していき、やがて船の仕組みや過去の悲劇について、そして船を待ち受ける運命を知ることになります。 世代間宇宙船であることが忘れ去られた時代に旅をしてその事実を発見する話は結構ある気がするのですが、具体的な作品名を上げられないのでこの作品以外に知っている人が居たら教えてほしいです。「宇宙の孤児」は今後読む予定です。 宇宙船であることを忘れ去られた世界で読者は理解できるけれど登場人物たちが理解できていない世界の描写や本来とは違う用途に使われる機械など自分好みのシーンが満載でとてもよかったのと、中盤から一気になぜ宇宙船であることが忘れ去られたのか、そしてこれから先船はどうなるのか、についてどんでん返しが繰り返され、テンポよく物語が進んでいくので60年近く前の作品ですがとても読みやすいです。

時間封鎖

この前TENETというSF映画を見てきました。鬼滅の刃の公開直後だったので人がすごかったです。いろいろわかりにくいシーンも多いのですが、時間をテーマとしたSFの中で、ただ単にタイムトラベルするのではないこれまで見たことのないアイデアが多数詰め込まれていて、個人的には満足度の高い映画でした。 そんなわけで今回はちょっと変わった時間がテーマのSF、「時間封鎖」を紹介したいと思います。 この物語では地球を覆う「界面」のなかで時間を外の世界の1億分の1の速度にされてしまった人類の戦いを描いたSFです。 ある日、空から星が消え、月もなくなります。翌朝上った太陽は世界を照らすものの偽物であることがわかりました。界面の外側の地球周回軌道から帰還した宇宙船の乗組員は突如地球が謎の界面に包まれ、1週間通信が途絶したのち自力で帰還したと証言します。しかし地上での観測では彼らは星が消えた直後に帰還していました。 観測の結果、界面の内側、つまり地球は外の世界に比べ時間の速度が1億分の1になっていることがわかります。突然の出来事に世界は動揺しますが、さらに悪い事実が判明します。外の世界の1億分の1ということは外では1億倍の速度で時間が流れるということ、つまり数十年の間に外では数十億年が経過し、太陽は赤色巨星となって地球を飲み込むのです。 窮地に立たされた人類は事態を打開するため、火星のテラフォーミングを計画します。火星はいまだ界面に覆われておらず、地球から打ち上げたロケットは地球内部から見れば0に等しい時間で火星へ到達し、植民を始めることができます。たとえテラフォーミングに1万年かかるとしても、それは地球時間で1時間程度です。 こうして計画は実行に移されますが… タイムトラベルは古今東西様々な作品で登場しますが、時間が遅くなる、というのはあまり出てこない面白いアイデアだと思います。その異常な世界で持ち上がる計画や人々の反応、テラフォーミング計画の顛末など読みどころの多い作品になっています。 この小説は無限記憶、連環宇宙からなるの3部作の第1作です。第2部以降は読んでいなかったのですが、この紹介のために内容を思い出していたら続きが気になってきたので図書館で探して読もうと思います。 時間封鎖〈上〉 (創元SF文庫) (創元SF文庫 ウ 9-3) | ロバート・チャールズ ウィルスン, Wilson,Robert Charles, 健, 茂木 |本 | 通販 | Amazon

なつのロケット

今回は漫画「なつのロケット」を紹介したいと思います。 この漫画の作者は「まんがサイエンス」シリーズの作者でインターステラテクノロジーズにも協力している漫画家あさりよしとおです。MOMOに描いてあるキャラクターの絵を描いている人ですね。 「まんがサイエンス」シリーズは小学生のころ図書館に置いてあってよく読んでいた思い出深いシリーズなんですが皆さん知ってますかね? それはともかく、「なつのロケット」は小学生5人がロケット打ち上げを目指すひと夏の物語です。 インターステラテクノロジーズの前身、なつのロケット団の名前はここからとられており、主人公たちが作るロケットは3メートルで200㎏、3段式になっている、実現可能な最小のロケットとして宇宙期のエンジニアである野田篤史氏が導いたものです。 主人公たちが小学生なのは、自分たちがロケットを作っているのは子供のころの夢を今になって実現しているのであり、フィクションの中なら子供のうちに実現させてしまいたいと思ったからだとインタビューで答えている通り、純粋な夢にあふれた作品になっています。 ロケット開発の段階も作品発表後本当にロケット開発に乗り出せていることからもわかるとおり、設計から燃焼実験をして実機を作っていくなどちゃんと描写されています。 CREATEの皆さんなら普通の人以上に共感し、感動できる作品だと思います。 1巻で完結するとても読みやすい漫画なのでぜひどうぞ。

幽霊狩人カーナッキの事件簿

そんなわけで今回はSFではなくオカルト系フィクション、「幽霊狩人カーナッキの事件簿」を紹介したいと思います。 出版は1914年と100年以上前の本ですが訳が読みやすいので今でも普通に面白く読めます。 物語の主人公、カーナッキは心霊現象の解決を専門にしている探偵で、彼の下には様々な依頼が寄せられます。この本はそんなカーナッキの解決した事件をまとめた短編集です。 この短編集の面白いところは本物の心霊現象とトリックを駆使した人為的な事件が混ざり合っていることです。よって読者は最後まで本当の怪奇事件なのか人間の仕業なのかはらはらしながら読むことになります。怪異に見せかけた殺人事件や不可能犯罪はミステリの醍醐味の一つですが、それに本物のホラーが加わる可能性まで混ざるのはこの作品の特有の魅力でしょう。 それともう一つ個人的に好きなのはカーナッキ本人に特別な能力が何もないという点です。怪異に対しては時折言及されるいくつかのオカルト文献などから得た知識によって立ち向かいますが、彼自身に人に見えないものを見たりそれらに干渉したりするような超常の力はなく、しかも人並みに怖がりなので(場数を踏んでいるので冷静に対処はしますが)毎回そこそこびくびくしながら対処に当たります。一般人よりは詳しいけれど超力者でもないプロとして怪事件に挑むのは読んでいてとても面白いです。 個人的に好きな短編を上げておくと 一番最初の一晩こもると短剣に刺される礼拝堂の謎を解く、この短編集の魅力をわかりやすく伝えてくれる一編、礼拝堂の怪、作者のホジスンの船員としての体験がふんだんに盛り込まれた魔界の恐怖、真空管駆動魔方陣というロマンアイテムが大活躍する異次元の豚あたりでしょうか。 ホジスンはクトゥルフ神話の創始者であるラヴクラフトなどにも影響を与えたとされる作家であり、クトゥルフ神話に興味のある人もその源流となった作品に触れてみると面白いかもしれません。現状紙の本の入手が難しいのですが、電子版の発売が決定しているそうなので発売されたら是非どうぞ。 W・H・ホジスン『幽霊狩人カーナッキの事件簿』電子版予定! - どんぺりもってこい3

虚ろなる10月の夜に

ハロウィンオカルト小説紹介第2弾として今日は「虚ろなる10月の夜に」を紹介したいと思います。 19世紀イギリスの有名な物語の登場人物たち、切り裂きジャックや吸血鬼、フランケンシュタイン博士、シャーロックホームズたちがハロウィンの夜に行われるクトゥルフの神々の復活をめぐるゲームに挑むオカルト小説です。 10月の終わりに行われる旧き神々を崇拝する者たちと復活を阻止しようとする者たちの2陣営に分かれ繰り広げられる儀式を前に、切り裂きジャックは使い魔の犬スナッフとともに古い村に訪れます。 物語は使い魔スナッフの視点で展開され、村に着いた10月1日から各自が儀式の準備を進めていく中で各参加者たちが互いにどちらの陣営なのか探り合い、注意深く情報を交換していくさまが1日ずつ描かれていきます。 儀式のための準備はそれぞれ独特で、切り裂きジャックは独自の魔術のために様々な素材を集めていき、ほかの人物たちもいけにえを捧げるなど独自の準備を進めていきます。 この作品の読みどころは様々な小説の登場人物たちがわき役ながらもしっかりと出番があるところでしょうか。シャーロック・ホームズなどは本人の名前は出てこず、ただ探偵とだけ呼ばれゲームの参加者でもありませんが要所要所で現れ重要な役を演じるので出番が少ないのにも関わらず存在感が絶大です。ドラキュラ伯爵やフランケンシュタイン博士たちもゲームの中でそれぞれ独自の思惑で動き、切り裂きジャックと交わっていきます。 また、ファンタジーものでありながら、どこか地に足の着いた描写も独特で好みです。ゲームが実際に行われる10月31日まで互いに直接戦闘することはほとんどありませんし、ゲームそのものも魔術のぶつけ合い出会って直接殺しあうわけではなく、ルールにのっとって粛々と進められていきます。彼らの使う魔術もそれぞれ独特で描写を読んでいるだけで面白いです。 虚ろなる十月の夜に|文庫|竹書房 -TAKESHOBO- <https://www.amazon.co.jp/dp/B077T66G8T/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&amp;btkr=1>

2020年米朝核戦争

大統領選挙も接戦なので、今回は「2020年米朝核戦争」を紹介したいと思います。 文字通り2020年、間違って北朝鮮領内に入った韓国の旅客機が撃墜された事件が引き金となって勃発したアメリカと北朝鮮の核戦争の行く末を描いた小説で、スリラー小説などでよく見かける設定ですが、この小説の最大のポイントは作者が元米国国防省高官で核拡散と地政学の権威である、ということでしょう。 さらに作中ではトランプ大統領から金正恩など各国政府高官の名前が実名で登場します。 政治にはあまり詳しくないのでこれらがのシミュレーションがどれほど正確なのかはわかりませんが、戦後まとめられたレポート、という体で進んでいくこの小説では実際に政府高官として働いた時の経験であろう細かい意思決定のためのプロセスが描かれ、少なくとも小説として読む分には十分すぎるリアリティがあります。 新型コロナやらなんやらで現実のほうが想定よりもだいぶ奇々怪々な事態になっていますが、アメリカ政府の内情をのぞいてみるつもりで読んでみると面白いと思います。 文春文庫『2020年・米朝核戦争』ジェフリー・ルイス 土方奈美 | 文庫 <https://www.amazon.co.jp/dp/B08881QKBT/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&amp;btkr=1>

無限記憶

この前紹介した「時間封鎖」の続編、「無限記憶」を読んだので今回はそれを紹介したいと思います。 物語は前作「時間封鎖」から数十年後が舞台です。時間封鎖の最後では地球を覆う時間封鎖は解除され、その代わりにインド洋に未知の世界とつながる巨大なアーチが出現します。アーチの向こう側には人類が呼吸可能なように調整された惑星が存在していました。 今作ではこの新世界で育てられている不思議な少年アイザック、子供のころ失踪した父の謎を追うリーサ、彼女の元夫ブライアンを主な登場人物として物語は進んでいきます。 前作で時間封鎖を行ったとされる存在、「仮定体」が長年をかけて人類の居住に適するよう改造したとされる新世界では突如不可思議な灰が降り注ぐ現象が発生します。そんな中アイザックは灰の中から何かの声のようなものを聞き取ります。失踪した父の謎を追うリーサはその過程でテラフォーミングされた火星由来の技術である第四期処置(寿命を数十年延ばし、性格を改変する)を受けた人々と接触していきます。一応彼女の元夫ブライアンは地球では違法とされる第四期処置などの遺伝子改造を取り締まる政府機関の職員で結婚していたころ彼女の頼みで第四期の人々を探したりしていましたが、彼もまた違法な遺伝子改造を受けたと思われるアイザックや彼を育てている第四期達を追跡することになります。 時間封鎖の話は1巻で終わってしまうので今回は純粋な冒険小説、といった趣になり、前作とはそこそこ雰囲気が違います。それでも謎の存在仮定体に対し各自がそれぞれの思想をもとに正体を推測してみたり、着実に真実に近づいている感じはします。 そのうち最終巻を読んだらまた紹介します。

鋼鉄の犬

ソフトバンクがボストンダイナミクスを売りに出すとかいう話がされていますが、今回はボストンダイナミクスの犬型ロボットが活躍する戦争小説、鋼鉄の犬を紹介しようと思います。 舞台は内線の真っ只中の砂漠の国。主人公アルは元アメリカ軍で軍用犬のハンドラーをしていましが仕掛け爆弾により負傷、退役します。その後民間軍事会社に雇われた彼に与えられたのは犬型ロボット、BDY-9を戦場でつかえるように「調教」する仕事でした。 最初は戸惑うアルでしたが、次第にロボット犬に愛着が生まれてきます。しかし内線は本格化し、アルたちの基地も巻き込まれていくことになります。 ロボットの利用に本物の犬の調教師を使うという発想はなかなか面白く、作中での描写もしっかりしているので違和感もありません。 米軍では不発弾処理用ロボットに兵士が愛着をもち、処理中に爆発に巻き込まれ破損して新品に交換しようとしたところ修理するよう要求される、といった事態もあったそうで、今後ロボットの配備が進めば兵士たちとどのような関係を築いていくのか考えさせられます。 小説のジャンルは戦争小説になりますが、同時にライトノベルでもあり、描写もそこまで重くならずに楽しむことができます。重い描写がないからといってリアリティがないとかご都合主義だといったこともないので安心です。 僕はボストンダイナミクスのビックドックが好きなのであれが主役格として出てくるというだけで買いなのですが、一風変わった戦争小説としても、犬好きの人にもおすすめなので是非読んでみてください。 日本人作家で出たのも去年なので皆さんが売り上げに貢献してくれると続編が出るかもしれないのでよろしくお願いします。 鋼鉄の犬 (マイクロマガジン社文庫) | 富永浩史, 赤岸K |本 | 通販 | Amazon

アフター・ロンドン

今回はkindleで販売中の19世紀のポストアポカリプス小説、「アフター・ロンドン」を紹介したいと思います。 1886年に書かれた小説なのですでに著作権が切れてパブリック・ドメインになっており、そのため個人が翻訳し、kindleで出版しています。 物語の舞台は突如として大英帝国が滅亡してから数百年たったイギリス。 イギリス中心部にはレイクとだけ呼ばれる巨大な湖があり、ロンドンは瘴気に包まれた沼に覆いつくされていました。かつての技術や教養はほぼすべて失われ、レイク周辺に封建制を敷き腐敗の温床となった数多の小王国が乱立して同盟と戦争を繰り返しています。 そんな中、下級貴族の主人公フィリックスが名誉と成功を求め旅たつところから物語が始まります。 というか現在出版されている部分は主人公が出発する部分で終わります。翻訳者がほぼ趣味で一人で翻訳しているため、モチベーションの問題からこの部分でとりあえず出版することになったようです。 小説としてどうかといえば今回出版されている部分のほぼ前半すべてを文明滅亡からイギリスがどうなったかを描く設定説明に費やされており、フィリックスがやっと登場しても旅立つまでが結構遅いので現在出版されている部分ではなかなか評価しずらいです。 ただ、最初のあらすじ説明でしたように、今日ポストアポカリプスと呼ばれる文明が滅亡しかつての知識のほとんどを失いながら細々と暮らす世界を舞台にした作品群と同じような設定の話が19世紀に書かれている、ということ自体がかなり驚くべきことだと思います。荒廃した世界だと好き勝手に銃を撃ったりしてもあまり問題にならないのでゲームやアニメの設定に便利なのか、廃墟が好きなのは人の本能なのか、とにかく今日ではゲームやアニメでよく見かけるようになったポストアポカリプスものですが、人というのは科学技術が発達していくのを見るとその技術がすべて失われた荒廃した世界を想像したくなってしまうものなのかもしれません。 多分翻訳者の方は今も後編の翻訳を進めていると思うのですが、売り上げが増えるほどモチベーションも上がってペースも早くなると思うので皆さんぜひ前回紹介した鋼鉄の犬と合わせて買ってください。お願いします。 <https://www.amazon.co.jp/gp/product/B08MYSTK96/ref=ppx_yo_dt_b_d_asin_title_o00?ie=UTF8&amp;psc=1>

ゲーム・キッズ

今回はホラー風味のSFショートショート集、ゲーム・キッズシリーズを紹介したいと思います。 このシリーズは1999年のゲーム・キッズ、2000年のゲーム・キッズ、2999年のゲーム・キッズ、2013年のゲーム・キッズ、令和元年のゲーム・キッズの計5作品が存在します。 令和元年のゲーム・キッズの存在は僕も初めて知ったので今度読もうと思います。 基本的にこれらの作品は発売当時に注目されていた最先端の科学技術を題材にした短編小説集で、全体的に後味の悪いものやホラー色の強いものが多いのが特徴です。ショートショート形式なのでテンポが速く、サクサク読めるのもうれしいところです。出てくる技術も書かれた当時に注目されていたものなので、登場人物たちの性格とともに絶妙に現実的で嫌なリアリティがあります。 どの本に収録されていたか覚えていないのですが、個人的に気に入っているのがある日役所に呼ばれて国民を仮想世界に移住させる計画に参加しないか、と提案される人物の話と、理想の女の子と出会えるまでコールドスリープできるマッチングサービスの話です。どちらもオチが秀逸なのでぜひ読んでほしいです。 第1作、1999年のゲーム・キッズは以下のリンクから(全部かはわかりませんが)読むことができます。僕も読み返して嫌な気分になったので皆さんも同じ気分を味わってください。 ショートショートなので試験勉強の合間にサクッと読めますよ。 999年のゲーム・キッズ | 最前線 - フィクション・コミック・Webエンターテイメント

祈りの海

今回はグレッグ・イーガンの短編集、祈りの海を紹介したいと思います。 この中に収録されている短編、「貸金庫」は新海誠監督が自身の映画「君の名は」のインスピレーションもとの一つとして挙げている作品で、ついこの前イーガン本人が君の名はを見たらしいです。 ↓イーガンのツイートを引用リツイートしている新海誠 I’m truly honored. Your “The Safe-Deposit Box” was certainly one of the inspirations, and in the earliest plot, the heroine was in a different body each time she woke up. <https://t.co/HLw18CrY3M> pic.twitter.com/PpkAosgYmk — 新海誠 (@shinkaimakoto) 2020年11月29日

ニューロマンサー

今回はサイバーパンクの始祖にして金字塔、「ニューロマンサー」を紹介しようと思います。 それはともかく、サイバーパンクとは科学技術が発達し、情報化や人体改造などが一般化した未来を描いたジャンルを指します。 幸福とは言えない未来を描くSFとしてはディストピアが真っ先に思い浮かぶと思いますが、ディストピアがどちらかと言えば国家などの強大な権力によって統治された秩序ある世界であるのに対し、サイバーパンクではおもに企業を主体とした乱立する勢力たちが権力を奪い合う混沌とした世界を描きます。 インターネットが一般化したことや「パンク」の名の示す通り本来反体制、反主流であったものが流行によって自身が一種の権威、主流になってしまったことによって衰退したともいわれるジャンルですが、今でも根強いファンがおり、映画では「ブレードランナー」、漫画・アニメでは「攻殻機動隊」などが有名ですね。今回紹介する「ニューロマンサー」はあらゆるサイバーパンクの始祖となったとされる作品です。 物語は世界有数の闇クリニックが立ち並ぶ都市、チバ・シティから始まります。ハッカーであるケイスは契約違反によって脳神経を破壊する毒素を打たれネットと脳を直接リンクさせる能力を失ってしまいます。自暴自棄になってドラック漬けの生活を送る彼の前に、全身に身体改造による武器を仕込んだストリート・サムライ、モリイが現れ、アーミテージという男とジャックイン能力の復活治療と引き換えにこの世界のインターネット、マトリックス空間でも最も厳重に守られたコンピュータへの侵入を依頼されます。 物語は次々舞台を変え、日本からアメリカの貧困都市「スプロール」、イスタンブールから果ては植民宇宙コロニーへと展開していきます。 サイバーパンクの魅力の一つに過剰ともいえる描写の量があります。多くの物語では設定の説明の多い話はつまらないとか蛇足とか言われがちですが、ニューロマンサーでは架空の武器、習慣、日常的に使う機械、ドラッグなどなどを事細かに描写していくことでそれらに説得力を与えています。また、文章から溢れる情報に溺れながら先に進んでいくのは情報過多なサイバーパンクの世界と共鳴します。まあ僕が設定大好きな人間なのはあると思います。独特な文体も僕は好きですが賛否が分かれるところではあります。 ちなみに続編に「カウント・ゼロ」と「モナ・リザ・オーヴァドライブ」がありますのでそちらも是非。

スノウ・クラッシュ

週末に某ゲームプレイする時間一切取れませんでしたね。 まあ今回も前回に引き続きサイバーパンクの傑作、「スノウ・クラッシュ」を紹介したいと思います。 舞台は近未来アメリカ、国家の権威は失墜し、企業が経営する都市国家がパッチワークのように入り乱れています。 主人公はピザの配達人、ヒロ・プロタゴニスト、高速道路をスケートボードで走り回る特急便屋の少女、Y・Tの二人。 ヒロ・プロタゴニストが仮想世界「メタ・ヴァース」でスノウ・クラッシュと呼ばれる新種のドラッグを試してしてみないかと誘われるところから、彼ら二人は巨大な陰謀に巻き込まれていくことになります。 やはりこの作品も特筆すべきはサイバーパンクの特徴ともいえる圧倒的な情報量でしょう。ハードカバーで約400ページ、文庫本では上巻だけで同程度のページ数があります(上下2巻)。 正直なところこの世界でのインターネット、メタヴァースの描写は昨今では時代遅れに写ってしまいますが(コンピュータやインターネットについて現実が追い越してしまったのがサイバーパンク衰退の一つの原因と言われます)、出版されたのが1992年ですから十分に驚異的です。 様々な主義主張に合わせて作られるフランチャイズ経営の国家の合間を駆け巡るヒロとY・Tが出会う人物や扱うガジェットも様々で、車に向けて発射し速度をもらうプーン、全身を保存槽に沈めながら保存槽ごと巨大なトラックで移動する男、RTGを動力とする携帯式レールガンなどなど一つでも面白いガジェットが山ほど出てきますし、それぞれ綿密な描写をされるので読んでいてとても楽しいです。 さて、彼らは冒険の果て、アメリカ軍解体の際競売にかけられ個人所有となった原子力空母、エンタープライズにたどり着きます。 スノウ・クラッシュとは何なのか、めくるめくすさまじい密度で展開される物語を楽しみながら追ってみてください。

宙へ参る

なんかそういう気分なので今日は漫画の紹介をします。 今回紹介するのはSF漫画、「宙へ参る」です。 脳以外何でも交換できる時代、脳の病気で死んだ夫の葬式を上げた鵯ソラは夫の遺骨を義母のいる地球へと持っていくためスペースコロニーから地球への旅行を始めます。しかし彼女のプログラミング能力はなぜか異常に高く、最高度のセキュリティの宇宙旅客船やスペースコロニーの管制に侵入できてしまいます。そして彼女の旅の途中で周りでは様々な人の思惑が入り乱れ始めます。 ここまで書くとサスペンスやアクション漫画なのかと思われるかもしれませんが、基本はスペースコロニーがいくつもあるほど宇宙技術が発達した時代での旅行物語です。彼女の周りで暗躍する人々も知的好奇心で行動しているため(公安もでてきますが)、今のところ本格的な戦闘シーンなどはありません。まだ連載途中の作品ですので今後どうなるのかはわかりませんが、とある秘密を抱えながらも飄々と旅を続ける、独特で癖になる雰囲気を持った作品です。 またあちこちで挟まれる旅の一コマを描いたほとんど一話完結の話も、それぞれが未来世界に生きる人々や人でない存在たちの思いを絶妙に切り取っていて、不思議な味わいがあります。 現在単行本1巻が発売されており、連載しているものは以下のリンクから見れます。残念なことに更新が遅く数か月に1話読めればありがたいのですが、皆さんもぜひ気長に待ってみてください。 トーチweb 宙に参る <https://www.amazon.co.jp/dp/B084QJGSVH/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1>www.amazon.co.jp

大日本帝国の銀河

あけましておめでとうございます。 今回は以前紹介した「星系出雲の兵站」の著者、林譲治の新シリーズ、「大日本帝国の銀河」を紹介しようと思います。 始まりは昭和15年6月、秋津俊雄は電波兵器の研究を名目に和歌山県で電波天文台の建設に取り組んでいました。その背景には以前の日食の際にオリオン座方向から波長21㎝の指向性の高い電波が検出されたことがありました。そんな中、秋津は中学時代の同級生で海軍に所属する武園に連れられ、自身は火星から来たと主張する火星太郎なる謎の人物と彼が乗ってきた未知の大型四発機を見せられます。 それからしばらくしてに交戦状態にあるドイツとイギリスでも似たような大型四発機が出現、そして射殺された四発機の乗組員を解剖した結果、肉体の内部構造が人間とは異なることも見いだされます。 林譲治はもともと架空戦記でデビューし、第2次世界大戦での日本軍の兵站についての本も出版しているなど、第2次大戦には造詣の深い人物です。今回始まった新シリーズは元から得意である架空戦記に星系出雲の兵站でも描いたたようなファーストコンタクトをミックスした得意分野を集めたようなSFなので今後の展開に期待が持てます。 第1巻の時点で異星人について様々な謎が提示され、また歴史も彼らの干渉によって異なる道を歩み始めます。正直僕はこの時期の歴史についてはあまり詳しくないのですが、ミリタリーや歴史好きな人であれば僕よりもさらに楽しめると思います。 <https://www.amazon.co.jp/gp/product/B08R9X5ZLT/ref=dbs_a_def_rwt_hsch_vapi_tkin_p1_i0>www.amazon.co.jp

ストーカー

早川書房で出版されているSFシリーズ、裏世界ピクニックがアニメ化されましたね。現在火曜夜に放送中です。みんな見てね。 そんなわけで今回は裏世界ピクニックのオマージュ元のロシアのSF小説、「ストーカー」を紹介したいと思います。 ある時何の前触れもなくあらわれ、地球文明と一切の接触をせずに去っていった異星文明は<ゾーン>と呼ばれる何が起こるか一切予測できない謎の地帯を残していきました。ゾーンは厳重に封鎖され、その謎を研究するため国際地球外文化研究所が設立されますが、そこから持ち出される謎の品々を換金するためゾーンに不法侵入し持ち出すストーカーと呼ばれる人々も現れます。 この小説では元研究所の正規ガイドでやがて熟練のストーカーとなったレドリックを主な語り手として、彼のゾーン探索の様や周囲の人間模様を描きます。 物語のどこがいい、というより未知の世界に踏み込む雰囲気を味わう作品です。 何のために作られたのか、そもそも作られたものなのかすらわからないゾーンから持ち出される品々、何が起こるか全くわからないゾーンを手探りで一歩一歩進んでいく感触、ゾーンのすぐ近くの町で暮らす人々の人間模様などが綿密に描かれます。 ゾーンを進む描写はホラーのような雰囲気がありますが、人間のことなど全く意に介さないゾーンと、それにかかわる人々の人間臭い苦悩が独特のコントラストを生んでただのホラーには収まらない作品です。 またロシア語の原題は「路傍のピクニック」といい、宇宙人が立ち寄ってキャンプをしたごみに翻弄される存在に人類をたとえています。この例えも作品の中のゾーンの存在感や人々の心理をうまく表現していて気に入っています。 サバイバルホラーFPSであるS.T.A.L.K.E.Rなど、裏世界ピクニック以外にも様々なゲームや小説に影響を与えた作品ですので、ぜひ一度読んでみてください。

ジェリーフィッシュは凍らない

今回はSF風味の混じったミステリ、「ジェリーフィッシュは凍らない」を紹介したいと思います。 中身が真空の気泡のような新素材を使って作られた新型飛行船ジェリーフィッシュ、その開発者であるファイファー教授たち6人は新型ジェリーフィッシュの長距離航行性能確認のための最終試験を行っていました。 しかし飛行中メンバーの一人が変死体で発見され、試験機は雪山に不時着します。脱出不能な状況下、次々犠牲者が生まれていきます。 雪山で不時着した6人のうち一人の一人称で語られるパートと落下したジェリーフィッシュが発見されたのち事件の捜査を進める二人の刑事の視点で語られるパートが交互に進んでいきますが、どちらのパートももう片方のパートの謎を深めていき、終幕ですべての謎がきっちりと解明されるのはやはりミステリの醍醐味でありとても気持ちが良いです。 またジェリーフィッシュについて途中で皆さんが抱くかもしれない疑問もしっかりと一つの伏線になっています。 それと東西冷戦の時代をモデルにした架空のアメリカっぽい国が舞台なのであまり最新の捜査手法が出てこず、少ない手がかりから犯人に迫っていくのも結構好きです。 ミステリとSFを融合させたどことなくレトロな世界で繰り広げられるミステリ、続編も2冊出ていますのでぜひ読んでみてください。

太陽の中の太陽

今回はSFならではの変わった世界を探検する一作、「太陽の中の太陽」を紹介したいと思います。 物語の舞台はヴェガ星系、外縁部の軌道上にはかつて設置された「ヴァーガ」と呼ばれる地球サイズの気球のような構造物がありました。 構造物の中では数々の人工太陽が輝き、その光の届く範囲に国が作られます。 この世界の最大の特徴は、なんといっても気球の中であるため空気があり、無重量状態である所。そんな世界で暮らすため人々は独特な生活様式を持っています。 例えばこの世界の町は木材で作られた巨大なリングであり、これを回転させることで疑似的な重力を生み出しています。ほかにもアルコール燃焼式のジェットエンジンのようなもので空を飛ぶスクーターや、そもそも足にひれをつけて飛び出すだけでも空を飛べるなど、この世界ではできない様々なアクションがみられるのも面白いです。 物語の主人公はかつて人工太陽を作ろうとし、宗主国に町ごと破壊された国エアリーの生き残りの青年。彼は復讐のために国の首都にやってきますが、数奇な出来事の果てに軍艦に乗り込みヴァーガの各地を巡る旅に出ることになります。 彼の旅の過程で気球世界の縁、巨大な水滴の中の町、そして人工太陽の部品を生み出している気球世界の中心など、特徴的な場所をめぐることができとても楽しいです。 以前紹介したインテグラル・ツリーのように無重力世界というのはとても面白く映像映えすると思うのでアニメでも映画でもいいのでどこか作ってくれないかと思っているのですがなかなか出ませんね… この小説は三部作の第一部なのですが残念ながら二部以降が翻訳されていません。出版が2008年で電子化もされていないので翻訳は絶望的なのですが、この一冊だけでも完結しており十分楽しめます。 旅に出るのが難しいご時世ですがぜひこの奇妙で楽しい世界を主人公とともに旅してみてはいかがでしょうか。

冬の巨人

今回はSFというよりかは幻想小説的な側面の強いライトノベル、冬の巨人を紹介しようと思います。 千年にわたって広大な雪原をさまよい続ける存在「巨人」、その曲がった背中の上には熱を取り出すための穴が穿たれ、そのうえで人々は街を作り暮らしていました。 巨人の外に人がいるかは誰も知らず、巨人がなぜ歩いているのか、目的はあるのかさえ分かっていません。 そして巨人から得ていた熱も次第に減少しつつありました。 主人公はとある教授の助手を務める少年、オーリャで、教授とともに巨人とは何か、巨人の外には何があるのか、この世界とは何なのかを問うています。 蒸気機関などが多数登場するスチームパンク的な雰囲気や次第に熱が失われていく極寒の世界の寂寥とした雰囲気など、僕好みの雰囲気が物語全体に満ちていて心地よい気分になれます。 ライトノベルと書きましたが、ストーリー全体としてはオーリャが不思議な少女レーナと出会う物語です。この物語も世界観の持つ雰囲気を損ねることなくうまく調和し、同時に十分に読みやすく理解しやすいものに仕上がっています。 あまりページ数も多くなく一巻完結、kindleなら500円と少しで読めますので春休みに少し本でも読んでみようかと思ったらいかがでしょうか。

夢見る葦笛

今回は短編集、「夢見る葦笛」を紹介したいと思います。 同じ作者の短編集、「リリエンタールの末裔」を紹介しました。この短編集では人と科学技術が互いに影響を与えお互いが変化していく様を描いていましたが、この短編集では人と人でないものとの交流、そしてその関係性や境界線をテーマとした短編が収録されています。 表題作、夢見る葦笛では突然町中に現れるようになった人型のイソギンチャクのような生物をめぐる物語です。音楽を志したものの夢破れた主人公の女性は町中に出現し、美しい音楽を奏でるその生物を調べるうちに真実にたどり着きます。その一方それの生物たちは着実に社会に浸透し、人々の音楽への価値観を変えてゆきました。変わっていく価値観を受け入れるのか抗うのか、どちらが正解とも言えない問いに様々な人物がそれぞれの答えを出していきます。 他にも未来を予知する能力者が時折生まれる村で育った少女の半生を描いた一編や、はるかな未来、塔状の地形の上で生まれ飛び立ち、一生を飛行して過ごす異星生物と感覚を同調させた調査員の心象を描いた作品、地上が泥に覆われ人の活動の中心が地下に変わった世界で地上で生きる人々を描いた作品など、様々なタイプの短編が収録されています。 どれも心理と状況どちらも綿密に描写された美しい短編集ですのでぜひ春休みにどうぞ。 夢みる葦笛 上田早夕里 | 光文社文庫 | 光文社

ディファレンス・エンジン

第1回はサイバーパンクの創始者、ウィリアムギブスンと同じくサイバーパンク小説の名手、ブルース・スターリングの共著「ディファレンス・エンジン」です。 チャールズ・バベッジの解析機関、と言えば皆さん一度は聞いたことがるかもしれません。いうなれば歯車式のコンピュータで、パンチカードという穴の開いたカードを使ってプログラミングすることが可能でした。これは実際には制作されませんでしたが、解析機関よりも限定的な計算ができる階差機関、と呼ばれる機械も考案しており、こちらは実際に制作されイギリスの博物館に展示されています。 物語に登場するのは解析機関ですが、この小説では現実の歴史との差(difference)を考えながら読む、という一面もありこのディファレンス・エンジンというタイトルが採用されています。 チャールズバベッジによって解析機関が完成し産業革命と情報革命が同時に起こった1885年のロンドン、アメリカは南北戦争によって崩壊しいくつもの独立国家が勢力争いを繰り広げ、イギリスでは貴族は実力制となり、イギリス艦隊によって開国した日本では福沢諭吉たちが英国に秘密留学しています。 そんな我々の知る世界とは異なる歴史を歩んだ世界、古生物学者エドワード・マロリーは蒸気自動車レースで暴漢に襲われた女性を救います。その女性の名はエイダ・バイロン、解析機関の女王の異名を持つ彼女を救ったことでマロリーは陰謀に巻き込まれていくことになります。 彼ら以外にも日本からの秘密留学生やロンドンの機械式投影映像作家など、様々な人物が巨大な陰謀にも巻き込まれてゆく群像劇となっています。 正直訳がかなり古くて読みにくい部分なんかも多いのですが、ファンタジーに振り切った多くの作品と違い、絶妙に現実的なラインをたどっていく一作になっています。 早川新訳出してくれませんかね。

大英帝国蒸気奇譚

第2回はスチームパンクとタイムトラベル、パラレルワールドを組み合わせたSFシリーズ、「大英帝国蒸気奇譚」を紹介したいと思います。 この小説は「バネ足ジャックと時空の罠」「ねじまき男と機械の心」「月の山脈と世界の終わり」の三部、すべて上下巻に分かれているので計6巻で構成されています。 部を通して主人公は実在した冒険家、リチャード・バートンです。第一部、バネ足ジャックと時空の罠はバートンが史実の通り、ナイル川の源流を探す冒険から帰還したところから始まります。とはいえ史実とはだいぶ異なる歴史を歩んでおり、1840年のヴィクトリア女王暗殺が成功したためヴィクトリア朝は始まらず、ロンドンでは蒸気機関と改造生物が闊歩しています。 そんなロンドンに帰還したバートンはなぜかロンドンにはびこる様々な問題を解決するための密偵に任命され、ロンドン各地に出没するという人狼の謎を解明するよう命じられます。 早速調査を始めた矢先、彼を敵視する謎の人物、「バネ足ジャック」が襲い掛かります。 第一作ではバネ足ジャックとマッドサイエンティストの陰謀を軸に物語が繰り広げられますが、第2部、第3部ではますますスケールが広がり最終的にはオーバーテクノロジーの兵器がいくつも投入された英独戦争がはじまります。 さて、スチームパンクと言えば蒸気機関を駆使した様々なガジェットですが、本作では蒸気機関ともに改造生物の技術も発達しており、巨大化させた馬など様々な用途に応じて特定の生物が生み出されています。そして第2部、第3部では巨大化させた昆虫の中身をくりぬいて蒸気機関を入れた乗り物なども登場してきます。個人的に気に入っているのは主人公が途中で使用する毒針を発射する改造サボテンの銃、最終巻でドイツが使用する中が要塞になっている巨大なボールです。他にも面白い機械、改造生物が出てくるのでそれを見ているだけでも楽しめます。 SFとしてみても、タイムトラベルや歴史改変、並行世界など様々な要素が盛り込まれた作品で、ロンドンを舞台とした陰謀劇が繰り広げられる1部と2部、バートンが冒険家として再びアフリカを冒険する3部など、物語のバリエーションが多く、ボリュームがあっても飽きることはありません。

屍者の帝国

第3回は伊藤計劃と円城塔の共作、「屍者の帝国」を紹介したいと思います。 ヴィクター・フランケンシュタインによる死者蘇生技術が一般化し、死者が一般艇な労働力として使われるようになった時代、ロンドン大学の医学生、ジョン・ワトソンは政府の諜報機関「ウォルシンガム機関」から諜報員に任命されます。 そしてワトソンと彼に与えられた記録用屍者フライデー、冒険家バーナビー大尉とともにヴィクター・フランケンシュタインの残した「意志を持った屍者」を作り出す方法の記された「ヴィクターの手記」を探す旅が始まります。 本来伊藤計劃が3番目の長編として執筆していましたが、プロローグを書いた段階で亡くなってしまったため、友人であった円城塔が遺稿を引き継ぎ完成させたものが本書になります。 伊藤計劃は映画やゲームに大きく影響を受け、映像的で読みやすい描写をする作家だったのですが、逆に円城塔は以前紹介したように小説でしかできないような表現を多用し悪く言えば読みづらい作家ですので、プロローグが終わると割と読みにくくなってしまうのですが、死体が当たり前のように動き回り、巨大解析機関や海底ケーブルによる高速通信が大々的に行われている(まあ現実でも1850年代に大西洋横断電信線は開通しているのですが)世界でヴィクターの手記を追いながら世界を旅する魅力的な一作になっています。 終盤では潜水艦ノーチラス号やロンドン塔に作られた巨大解析機関なども登場します。 この作品は映画化されており、貴重なスチームパンクのアニメ映画となっています。原作からだいぶストーリーは変わっているのですが、こちらはこちらで十分面白いのとやはり映像で動く機械や労働力として働く死者が見れるというのは大きいです。 屍者の帝国 伊藤計劃×円城塔 | 河出書房新社 「Project Itoh」2015年劇場アニメ化公式サイト

リヴァイアサン:クジラと蒸気機関

第4回は「リヴァイアサン:クジラと蒸気機関」から始まる三部作を紹介しようと思います。 遺伝子操作された生物を産業の基盤とするイギリスやフランスを中心とした「ダ―ウィニスト」、蒸気機関やディーゼル機関を駆使するドイツがメインの「クランカー」の二つの派閥に分かれた1914年のヨーロッパでオーストリア大公夫妻の暗殺事件が起こります。両親を暗殺された公子アレックは自身も何者かに命を狙われ、数少ない臣下と二足歩行ロボットに乗り込み宮殿を脱出します。 一方のロンドン、空にあこがれる少女デリンは男装して英国海軍航空隊に志願、どうにか合格し大英帝国の誇る巨大飛行獣、リヴァイアサンの乗組員に任命されます。 リヴァイアサンはダーウィンの親戚で著名な遺伝子学者であるノラ・バーロウ博士を乗せ、親ドイツ化がすすむオスマン帝国の皇帝を説得するよう命を受けます。 しかしリヴァイアサンは攻撃を受けアレックの避難した雪山の隠れ家の付近に墜落、彼らは運命的な出会いを果たすことになります。 さて、ここまで紹介したとおり、王道のボーイ・ミーツ・ガールのストーリーが展開されます。王道の物語というのはやはり読んでいて安心感がありますし、細かい設定や描写もしっかりとしており、主人公たち以外のキャラクターも立っていて、全体的にとても読みやすく面白い作品に仕上がっています。 最初に説明したとおり、改造生物を駆使するイギリス側と機械技術を駆使するドイツ側に分かれているのでスチームパンク色は薄いと言えば薄いのですが、改造生物たちも、第1巻のタイトルになっているクジラを改造し巨大飛行船のような構造になっているリヴァイアサン、伝言を伝えるトカゲ、鉄並みの強度を持たせた木なかなか面白いですし、機械技術が駆使された都市なども途中で出てきます。 他にもおすすめのポイントとして、巨大飛行獣リヴァイアサンを使って世界をめぐる物語になっていることです。改造生物たちの闊歩するロンドンから機械技術が駆使され歩行機械があるきまわるイスタンブール、機械技術と改造生物が共存する東京、世界最大の機械都市ニューヨークなど、様々な特色を持った都市を旅してまわるので全く飽きません。また旅の途中もしっかりと描写され、飛行船で旅をするワクワク感を存分に味わうことができます。 日本は開国の時機械技術と改造生物技術が同時に流入したという設定のため、途中で訪れる都市の中でもひときわ異彩を放っていて面白いです。また日本軍が使う河童という名前の付いた改造生物兵器がなかなかえげつなくて気に入っています。 それだけでなく、本のあちこちに挿絵が描かれており、奇怪な改造生物やロマンあふれる機械たちを美麗なイラストで見ることもできます。 全三巻、王道ボーイ・ミーツ・ガールに緻密な設定と確かな描写が組み合わさったとても出来のいい作品ですので是非読んでみてください。

スチームオペラ

一日空いてしまいましたが第5回はミステリとスチームパンクを掛け合わせた一編、「スチームオペラ」を紹介しようと思います。 蒸気機関が発達した世界、エーテルが実在しそれを利用した空中船が空を飛ぶ巨大都市、そこではエマという少女が高名な冒険家である父の船を迎えるため空中船発着場に向かっていました。 船に入ったエマはガラスの箱の中に閉じ込められた少年を発見し、彼を解放指定しまいます。そして彼女は名探偵ムーリエとともにこの巨大都市で起こる様々な不可能犯罪を解決することになります。 さて、ミステリとスチームパンクを掛け合わせた本作はミステリとしてみると(ミステリあまり詳しくないのですが)スチームパンク世界特有の制約がトリックを解くカギになっていたりするなど完成度が高く楽しめます。 スチームパンクとしてもジューヌ・ベルヌの作品に出てくる様々な発明が登場したりするなど、あちこちに楽しめる小ネタが仕込まれています。 ストーリー自体も王道を行ってわかりやすいため割と気楽にサクッと読める一作になっています。 まあ個人的にはスチームパンクは混沌とした世界であってくれると好みというか、完全な理想世界を描いてそれと別のものを対比するような構造があまり好きではないのですが(詳しくはネタバレのため控えますが)。 まあ、読みやすくきれいにまとまっているので読んで損をする作品ではないです。 スチームオペラ 蒸気都市探偵譚 - 芦辺拓|東京創元社

黒博物館 スプリンガルド

スチームパンク特集第6回は趣向を変えて漫画「黒博物館 スプリンガルド」を紹介しようと思います。 第2回で紹介した大英帝国蒸気奇譚でも出てきたバネ足ジャックを中心としたサスペンスです。 バネ足ジャックはロンドンでかつて実際に話題になった実在の怪人で、有名な切り裂きジャックの数十年前に現れた人物です。突然現れ火を噴きかけたりナイフで刺して逃げる、と言われたり、追跡した警官が数メートルある壁を飛び越えるのを目撃した、といった証言が残されていますが、実際に殺人を犯した切り裂きジャックとは異なり、バネ足ジャックが人を驚かす以上のことをした、という記録はなく、実在したのかも定かではありません。 とはいえそこそこ有名な都市伝説です。 さて、本書ではバネ足ジャックが出現したのは1837年、突然夜道で女性の前に現れかぎづめで脅して去っていく怪人バネ足ジャックについて警察も捜査を始めます。捜査主任のジェイムズ・ロッケンフィールドは有力侯爵ウォルターに目を付け逮捕寸前まで追い詰めますが、突然犯行が止まってしまい逮捕できずにいました。 それから3年、再び現れたバネ足ジャックはただ女性を脅すだけでは終わらず、殺人に及ぶようになります。 漫画自体は1巻で完結する短い作品ですが、刑事ジェイムズや対する侯爵ウォルターなどなかなか癖の強いキャラたちが織り成す物語が1巻に凝縮されており、過不足のない構成によってまとめられているので1巻で必要十分だと言えます。 社会自体が変わっているわけではないのでスチームパンクと呼べるかは(僕の内部基準では)微妙なラインですが、漫画として純粋に面白いです。 巻の中にミステリ、スチームパンク、猟奇ホラーと様々な要素が詰め込まれながらも見事にまとまっている作品です。 直接的な関連はない第2巻と続編が収録された「黒博物館 ゴーストアンドレディ(上下巻)」も発売されていますので、ぜひどうぞ。 <https://www.amazon.co.jp/dp/B00AIKXRAW/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&amp;btkr=1>

ペルディート・ストリート・ステーション

特集を完結させないままなあなあで終わるのもよくないので今回「ペルディート・ストリート・ステーション」を紹介してスチームパンク特集を終わりにしようと思います。 さて、ペルディート・ストリート・ステーションは僕がスチームパンクの中で一番紹介したかった一作になります。 物語の舞台は「バス=ラグ」と呼ばれる蒸気機関と魔術学が隆盛を極める世界の最大勢力、都市国家ニュー・クロブゾン。都市に住む知的生命は人間だけではなく、翼と鳥の頭を持つ鳥人や人型の両生類、頭が昆虫の人間や植物人間など、様々な種族がひしめき合って暮らしています。 物語の主人公は大学を追放された科学者アイザック。彼は追放された後も独自の統一理論の研究を続けていますが、そんな彼のもとにヤガレグという鳥人が訪れます。彼はアイザックに罰によって奪われた翼の代わりとなる機械を開発してほしい、と依頼します。依頼を承諾したアイザックは研究に着手しますが、入手したサンプルにはとんでもないものが含まれていました… さて、この作家の長編としては以前「クラーケン」を紹介しました。「クラーケン」では実在のロンドンを舞台に、混沌とした物語が繰り広げられますが、今回は物語の舞台から架空の世界であり、さらに混沌とした物語が繰り広げられます。 この作品の第一の魅力は何といっても物語の舞台となる都市国家ニュー・クロブゾンでしょう。腐敗した横暴な権力がはびこり、公害が垂れ流されるこの街にはそれでも猥雑で活気にあふれた魅力があります。 そしてその街にひしめく数多の知的種族とガジェットも魅力でしょう。主人公の恋人は頭が昆虫の昆虫人ですし、物語の途中では植物人間のコミュニティや人型でない知的生物も登場します。時空を自在に織り上げる特殊能力を持った巨大な蜘蛛は作中のあちこちで登場し強烈なインパクトを残します。他にも地獄の大使館、とある秘密を抱えたロボットなど奇怪で魅力的なものが多数登場します。 最後の魅力として先の一切読めないストーリーがあるでしょう。アイザックが手に入れた奇妙な幼虫がやがて夢を食らうスレイク・モスとなり、都市に大災害を引き起します。そしてスレイク・モスをめぐってあらゆる勢力が動き出すことになりますが、どの勢力も癖が強く、どこが裏切り次にどう行動するのか全く予見できません。 個人的にスチームパンクとはその世界をいかに魅力的に、精緻に作りこめるか、というところだと思っているのですが、この作品ではスチームパンクの薄汚れているとともに魅力にあふれている世界を完璧に作り上げ、そのうえで重厚で先の読めない物語を展開するという僕の理想のスチームパンクを体現してくれたような作品となっています。 極めて残念な話として、2010年のSFが読みたい!という賞で海外編1位にもなり文庫化もされたのに続編がいまだ翻訳されず(全3巻で完結してるそうです)、文庫版も単行本版も電子化されていないうえに絶版という散々な状態なのです。 単行本版で660ページ近くある作品ですが、個人的にはスチームパンクの傑作だと思っていますのでぜひ読んでいただきたいです。

大日本帝国の銀河

今回紹介するのは「大日本帝国の銀河」です。 前回一月に第一巻を紹介しましたが、第二巻が発売されました。今後も三ヶ月ペースで刊行される予定です。 さて、一巻二巻まとめてあらすじを紹介しますと、日中戦争、太平洋戦争の時代を舞台にした歴史改変、ファーストコンタクトもののSF小説です。 第一巻の始まりは満州での日食の観測時、オリオン座の方向から指向性の高い電波が検出されるとこりから始まります。それから何年か経った昭和15年、天文学者の秋津は和歌山に電波兵器の研究という名目で電波天文台を建設していました。 そんな中、秋津の中学時代の同級生で海軍軍人の武園が現れ、彼に火星太郎を名乗る不審な人物と彼の乗ってきた未知の大型四発機を見せます。 そして未知の大型四発機はイギリスとドイツが会敵した海にも出現し、両国の軍艦を瞬く間に撃沈してのけ、混迷の中にある世界情勢の中、地球人や宇宙人の思惑が交錯していきます。 第二巻では異星人の目的が不明なまま、彼らの強大な技術力が次第に明らかになっていきます。人工衛星に始まり、軌道上と大気圏を行き来する往還機など、現代であっても不可能な技術も出現し、地球人はまずその概念を理解する所から始めなければなりません。 一方地球でもドイツ内部ではソ連との開戦を避けるべく一部勢力が動き出し、日本国内でも総力戦に備えた政治体制の確立を目指す人々が現れます。さらに異星人の技術をもとにしたとある発明品が完成することになります。 さて、このシリーズの作者である林譲治は前作星系出雲の兵站でも政治劇とファーストコンタクトを絡めた見事なSFを描きましたが、今作でもその腕は健在で、もともと仮想戦記の作家であることもあり、政治や社会の描写はかなり真に迫っています。日本軍の意思決定や兵站についての研究書も何冊か出版している人物でもあり、作中の大日本帝国の政治システムに関する描写などそこだけでも面白い位です。また星系出雲の兵站ではコミュニケーションの取れない相手との戦争でしたが、今回はコミュニケーションは取れるけれども何処かチグハグで、相手の目的が読めません。地球人は地球人でまず宇宙人という概念の理解から始めなければいけません。 SF映画で宇宙人が攻めてくるとき、いくらでも宇宙にある資源を何故わざわざ地球に取りにくるのか、人間より遥かに使いやすいロボットを作れるのになぜ地球の支配を目論むのか、不思議に思うことも多いですが、このシリーズではそれらの疑問にもしっかりと触れられます(真の彼らの目論みは未だ不明ですが)。 それだけでも十分魅力的な題材ですが、さらに異星人の干渉による歴史の変化、どうしようもない武力の差の前に人類はどうするのか、その前に第二次世界大戦真っ最中の世界はこの脅威の前に団結することはできるのかなど、幾つもの事態が同時進行していくため全く先の読めないストーリーが展開されていきます。 今なら東工大の生協で10%オフで購入できますし、一冊はそこまで分厚くない文庫本です。ハリウッド的な宇宙戦争に飽き飽きしている人、第二次世界大戦や旧日本軍に興味のある人、仮想戦記や歴史改変ものが好きな人など、様々な人が楽しめる魅力に詰まった作品ですのでよろしくお願いします。

星を継ぐ者

今回紹介するのはJ・P・ホーガンのSF小説、「星を継ぐ者」です。 宇宙を舞台としたSFの中ではかなり有名な一作で、日本で漫画化もされています。 SF的なありえない謎、それを確かな知識と推論を駆使して鮮やかに解いていき途方もない真実にたどり着く、科学とフィクションを組み合わせるSFの面白さを体現したような作品ですのでぜひ一度読んでみてください。 物語は月面探査員が深紅の宇宙服を着た謎の人物の遺体を発見するところから始まります。早速各国政府へ問い合わせますが、月面で行方不明になったものは誰もいません。そして地球へと運ばれた遺体はC14法年代測定によって5万年前の遺体であると判明します。 遺体はチャーリー、彼の種族はルナリアンと名付けられ、彼の正体を知るべく世界中の科学者が召集されることになります。 チャーリーの正体という一つの謎はやがて人類の出自、太陽系の過去という壮大な謎へとつながってゆきます。 この物語の面白さは月面で見つかった5万年前の遺体という壮大な謎を一歩一歩確実に解いていくところでしょう。 まず彼の所持品の検査から始まり、彼の持っていた手帳の解読、遺体の検査、彼のそばから見つかった携行食糧の原料である魚の分析など、あらゆる手段を駆使し、様々な分野の専門家が協力して謎を解いていく様は見ていてとても気分が良いです。そしてそれらの謎が示す事実がそれぞれ矛盾し、最終的にすべてが解決する一つのストーリーが描かれていく様は見事というほかありません。 続編が2冊(死後に刊行された上下巻の続編がさらに一つ)あるのですが、タイトルの時点で若干ネタバレになってしまうのでここでいうのは控えます。 そんなわけでSF的ミステリ不朽の名作、ぜひ一度未読の方は読んでみてください。 星を継ぐもの

未来の二つの顔

今回は前回に引き続きJ・P・ホーガンのSF小説、「未来の二つの顔」を紹介しようと思います。 人類の生活圏が月面まで広がった未来、HESPERというAI搭載コンピュータネットワークが人類の生活を支えていました。 しかしHESPERが本来軌道上に物資を打ち上げる設備であるマスドライバーを使って月面の工事現場を爆撃する事件が起こります。分析の結果、「工事を最短で行うこと、手段は問わない」という命令の結果「貨物で爆撃するのが最も早い」という結論を導いていたことが発覚します。 そこでより優れた推論システムを備えた次世代AI,FISEシステムに移行することが提案されますが、より優れたこのシステムは自己保存の機能を持ち、そのため意図せず人類に敵対する可能性が指摘されました。 HESPER,FISEシステムの開発責任者であるダイアー博士は完成したばかりのスペースコロニーに電子的、物理的に孤立した小型の社会を作り、そこで次世代AIと人類が敵対したとき何が起こるか実験をするよう提案します。 こうして二つの顔をもつ神にちなんで「ヤヌス」と名付けられたスペースコロニーでの実験が始まりました。

造物主の掟

さて、時間が空いてしまいましたが二連続でホーガンを紹介したので今回もホーガンの代表作の一つ、「造物主の掟」(ライフメーカーの掟)を紹介しようと思います。 はるか昔、異星人によって作られた採掘用の無人宇宙船は土星のタイタンに着陸し、採掘作業用のロボットを製造し始めます。 しかし宇宙船のプログラムは航行中に浴びた超新星のフレアの影響で狂っており、ロボットは採掘した鉱石を母星に送ることなく自己増殖を繰り返し、やがてその中で淘汰と進化が始まります。 一方21世紀の地球ではタイタンで観測された生命活動の調査のためアメリカとヨーロッパ合同の大規模調査団が派遣されることになりました。 そしてタイタンに到着した人類は進化の果て知性を手に入れた機械生命体、「タロイド」と遭遇することになります。 さて、この小説も発表は1983年と40年近く前の作品ですが、今読んでも十分に面白いのはほかの作品と共通です。 この物語で面白いのは主人公が科学者ではなく自称新霊術師であるザンベンドルフである、という点でしょうか。 この世界においてアメリカは愚民政策を進めており、ザンベンドルフは科学者の学会内部にも多くの支持者を持つほどです。 ザンベンドルフは火星でのESP実験を行うという体で熱角推進の巨大宇宙船オリオン号に乗り込みますが、やがて船の行き先が火星ではなくタイタンであることに気が付きます。 やがてタロイドと遭遇したザンベンドルフらは封建的な社会体制とそれを利用しようとするアメリカ政府との間に立ち、一世一代のペテンを仕掛けることになっていきます。 稀代のペテン師が大博打を打つスリラーとしても、緻密な設定で描かれるファーストコンタクトSFとしても楽しめる作品になっていますのでぜひ読んでみてください。[https://

宇宙戦争1941

さて、今回はついさっき読み終わったSF仮想戦記シリーズ「宇宙戦争1941」「宇宙戦争1943」「宇宙戦争1945」を紹介しようと思います。 物語の始まりは日本軍の真珠湾攻撃から始まります。アメリカの太平洋艦隊を攻撃するため真珠湾に向かった日本軍でしたが、そこで見たのは燃え上がるアメリカ軍基地と歩き回る三本足の巨大な機械を目撃します。 そのときアメリカ、イギリス、ドイツ、ソ連各国で同様に巨大な三本足の機械が目撃されていました。 さて、題名とここまでのあらすじでわかると思いますが、H・G・ウェルズのSF小説、「宇宙戦争」のオマージュ、というかそのまんま続編です。 宇宙戦争から41年、火星人たちは前回の敗因(一応ネタバレ防止のため書かないでおきます。宇宙戦争自体とてもよくできたSFですのでぜひ読んでみてください)を克服し、トライポッドのほかにも航空兵器を携えて再び第二次世界大戦真っ最中の地球へ侵略を始めます。 さて、もともと作者の横山信義は仮想戦記の作者として知られる人物で、このシリーズでもその手腕がいかんなく発揮されています。 純粋なSFとしてみると第二次世界大戦の戦力で火星人に勝てるようにするために少し無理のある行動を火星人がとったりしますが、第二次大戦の世界中の軍隊が集まり火星人相手への反撃ののろしを上げるさまはなかなかに熱い展開です。

スペース・コロニー 宇宙で暮らす方法

今回は宇宙物の趣向を変えてノンフィクション、「スペース・コロニー 宇宙で暮らす方法」を紹介しようと思います。 今年の5月に発売されたブルーバックスで、現在研究中の宇宙で暮らすための技術が著者の研究を含め紹介されています。 第1章はこれまでの宇宙開発と現在計画されている宇宙開発計画を概観、その実現のために求められる技術を簡単に解説します。 第2章ではこれまでわかっている宇宙に滞在することが人体へ及ぼす影響について解説します。無重力化での血液循環はどうなるのか、なぜ筋肉は委縮するのか、宇宙船という閉鎖環境に閉じ込められた際の精神への影響など興味深いトピックスが並んでいます。 そのご、宇宙で暮らすためのウェアラブルデバイスや宇宙農業の研究、電力源や水・空気の再生技術ついてそれぞれ各1章づつ解説していきます。 当然各技術の具体的な記述は限定的なものになってしまいますが、人類が宇宙に進出する際の問題点と現在考えられている解決策がおおよそ網羅されており、宇宙技術について興味を持った人が最初に読む入門書としてはかなり良いものになっているのではないでしょうか。 最新の宇宙技術に興味があるという方、まずこの本を読んでみてはいかがでしょうか。

遥かなる星

今回は未完の歴史改変宇宙開発SF,「遥かなる星」全三巻を紹介しようと思います。 作者である佐藤大輔は仮想戦記作家として有名な人物ですが、シリーズものを途中まで書いて投げ出す悪癖で知られており、残念ながら本シリーズも3巻までで中断しています。また2017年に本人が亡くなっているため、永遠に中断したまま、ということになります。 とはいえ3巻まででも十分に楽しめます(まあいいところで終わるので続きが一生気になりますけどね) 「遥かなる星」はキューバ危機から第3次大戦がはじまり、アメリカ合衆国が滅亡した世界で日本が宇宙開発を目指す物語です。1巻が第3次大戦による滅亡までの物語、2巻3巻が奇跡的に核兵器から逃れた日本がいずれ起きるであろう第4次世界大戦から逃れるため宇宙を目指す物語となります。 一般に宇宙開発と主な動機として描かれるのは開拓や新たな世界へのロマンといったポジティブな感情ですが、この物語で宇宙開発を推し進めるのは今度こそ世界すべてが滅ぶであろう第4次世界大戦から逃れるため、宇宙に住処を作る、という極めてネガティブな理由です。 しかしそんな世界であっても人々はロケットや宇宙に自らの夢を乗せ、そして現実とのずれに葛藤しながら開発を進めていきます。 もともと極めていリアルな仮想戦記を書くことで知られている作家だけあり、第3次大戦に至る過程、第3次大戦後の世界についても緻密に描かれ、物語の説得力を増しています。 宇宙開発のめどが立ち、役者もそろったところで終わってしまう本シリーズですが、異色の宇宙開発SFとして十二分に楽しめるものとなっています。 遙かなる星 1──パックス・アメリカーナ-ハヤカワ・オンライン

楽園残響

今回は「楽園追放」の公式続編小説「楽園残響」を紹介します。本編の映画を見た後に是非読んでみてください。 とはいえこれは続編であり、物語のあらすじを語った時点で映画のネタバレになってしまいます。 そんなわけでネタバレをさけつつ興味を持ってもらうためにこの小説は有名SFからのパロディを多分に含んでいるので、元ネタのSFをざっくり紹介したいと思います。僕がわかって記憶している分しか書いていないので、多分他にもいろいろあると思います。 まずは巡洋艦サラマンダー、谷甲州という作家の有名SFシリーズ、「航空宇宙軍史」に登場する宇宙巡洋艦です。地球を主体とした航空宇宙軍と木星、土星が主力となる外惑星連合軍の2度にわたる衝突を描いたシリーズで、巡洋艦サラマンダーは技術力、国力において航空宇宙軍に劣る外惑星連合軍が唯一就役させることのできた正規の軍艦で、外惑星連合軍の命運を託されます。航空宇宙軍史は日本のハードSFの中でも極めて評価の高いシリーズで、ぜひ紹介したいのですが新装版を買い集めるのがなかなか進まないので紹介できていません。 次に出てくるのが「キモノ」と呼ばれる強化外骨格で、これは「機龍警察」というロボットものと警察ものをまぜたSFシリーズに登場します。近未来、戦争用に発明された強化外骨格がテロ組織にも流出、既存の警察の装備では太刀打ちできなくなった警察は強化外骨格犯罪専門の部署を設立します。この強化外骨格の警察での隠語が「キモノ」になっています。テレビで警察ドラマを見たことのある人なら警護の対象をマルタイとかと呼んでいるシーンを見たことがあるかもしれませんがあんな感じです。僕も第一作しか読めていませんが今年に入ってからも新作が出版されている人気シリーズですのでぜひ読んでみてください。 後はYou have control]というセリフができますが、本来は飛行機でパイロットが操縦を交代する際に言う言葉ですがセリフの状況を考えると「戦闘妖精 雪風」のオマージュだと思われます。これも日本SFの傑作と言われる作品で、ジャムと呼ばれる謎の生命と戦闘を繰り広げる戦闘機パイロットと彼の愛機搭載戦闘機雪風を描いた作品です。アニメ化もされていますがこちらは見てないんですよね。このセリフが出てくるのは「戦闘妖精雪風」の続編、「アンブロークンアロー」です。現在最新作がSFマガジンで連載中だったはずで、僕は単行本が出るのを待っています。第1作が出たのは40年近く前ですが、機械と人間の関係性を描くシリーズとして今なお最高峰の出来栄えを誇ります。 さて、今思い出せる分はこのくらいですかね。どのシリーズも楽園追放本編も、楽園残響もとても面白いSFですので興味を持ったものから読んでみてもらえると嬉しいです。 またこれは僕も読んでいないのですが、映画のノベライズ「楽園追放」、前日譚「楽園追放 mission0」も出版されていますので興味のある方はぜひこちらもどうぞ。 [楽園追放2.0 楽園残響──―Godspeed You―-ハヤカワ・オンライン

ダイヤモンド・エイジ

そんなわけで今回は以前紹介したスノウ・クラッシュの作家のサイバーパンクSF、「ダイヤモンド・エイジ」を紹介しようと思います。 タイトルにあるダイヤモンド・エイジとはナノテクノロジーの進歩した新時代のこと。ナノテクによってダイヤモンドを建材とした建物が乱立するようになったことからこう呼ばれます。 旧来の国家体制は崩壊し、人々はそれぞれの主義主張や職業をベースとした集団<部族>に所属しています。そんな部族の中の一つ、ヴィクトリア朝時代の倫理規範と資本主義を統合した社会を目指す「新アトランティス」ではとある株主貴族が自身の娘の教育のため、「若き淑女のための絵入り初等読本」という本を秘密裏に開発していました。それはただの本ではなく、所有者自信を主人公として自身の境遇に応じた物語を展開していくナノテクの粋を集めた教育ソフトとして完成します。しかし開発を請け負った技術者ハックワースはそれを我が子に渡すため違法コピーを製作、そして思わぬ事態からその違法コピーはスラム街で虐待を受けながら育つ少女ネルへと渡ることになります。 違法コピーに手を染めたことをきっかけに<部族>間の陰謀に巻き込まれるハックワース、そして虐待を受けながらも自身のために紡がれる物語を読みながら育ったネルはそれぞれが社会の変革に飲み込まれながら自身の道を切り開いていくことになります。 スノウ・クラッシュにおいても偏執的ともいえる緻密な描写で物語に説得力を与えていましたが、本作でもそれは健在で、ハードカバー単行本で525ページの大ボリュームの作品です。今作はナノテクの発達した世界であり、3Dプリンターのはるかな進化系ともいえるソースと呼ばれる源からあらゆる原子を供給されて駆動するマターコンパイラと呼ばれる装置からあらゆる物質、機械を生成することができます。そうして作られるナノテク機械たちは目に見えないほど微小で、大気に浮いたり体内に潜り込んだりあらゆる方法で情報を収集、互いに通信を行っています。それらの使い道や動作原理などもそれだけで読み物になる面白さです。 さて、国家は崩壊し通信ネットワークで結ばれた数多の<部族>がパッチワークのように領土を持ち入り乱れる世界、そこでは<天朝>部族が勢力を着々と伸ばしつつあり、やがて世界は<部族>間の勢力図を一変させる事態に向け突き進んでいくことになります。その激動の世界の中ハックワースとネル、そして彼彼女の周囲の人々は何を考え、何を決断し圧倒的な変革の流れの中でいかなる役割を果たすのか。 ぜひ読んでみてください。 残念ながら文庫版もハードカバー版も絶版で電子版もなく図書館で読むか値上がりした本を買うしかなく…

夜の声

今回はSFから少々離れて東京創元社の復刊フェアで復刊されたホラー短編集「夜の声」を紹介しようと思います。 以前同じ作者の書いた「幽霊狩人カーナッキの事件簿」を紹介しましたが、この短編集では作者ホジスンの船乗りとしての経験をもとに書かれた海洋系のホラー小説がメインとなります。 表題作「夜の声」では主人公は航海中の夜、どこからか老人の声を聞きます。決して明かりをつけるなと言いつつ食料を要求する老人に同情し分け与えると、老人は遭難し流れついた島で自身と恋人に起きた身の毛もよだつ物語を語り始めます。さて、実際に読んでみるとその方面に詳しい方なら「マタンゴ」という映画が思い浮かぶと思うのですが、その映画の原作です。「マタンゴ」と聞いて内容がわかる方は身の毛もよだつ物語の内容もなんとなくわかるでしょう。それと明かりをつけるなという理由とか。 ホジスンは少年時代を厳しい経済状況ゆえに船乗りとして過ごすことになり、なおかつ先輩に虐待され過ごしたた経験から海に対し恐れと憧憬を抱くことになったといわれています。そのためこの短編集では最後の「水槽の恐怖」以外すべて航海中に奇妙なものに遭遇するという筋書きになっています。 さて、これらのホラー小説が怖いかと聞かれれば少なくとも僕の基準ではそこまで怖くはないです。むしろ大海原に対して人の抱く恐怖、そしてそこから生まれる想像が興味深い、といったほうが適切でしょうか。 またアイディア自体も現代となっては使い古された感のあるものがところどころみられますが、そもそもホジスンが活動していたのは1900年代から1910年代という100年以上前の作家です。そんな作家の書くホラー小説に現代でも通じる、また現代でもまだ斬新さを保っている作品が多くあるのは十分に素晴らしいことでしょう。 ホジスンはクトゥルフ神話の創始者であるラヴクラフトが影響を公言している作家でもあり、彼の想像力は現代でも十分に通用します。ぜひこの機会に読んでみてください。

プロジェクト・ヘイル・メアリー

お久しぶりです。 今回は「火星の人」(オデッセイというタイトルで映画化)、「アルテミス」の著者アンディ・ウィアーの最新作、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を紹介しようと思います。 主人公はある日、すべての記憶を失ってベッドの上で目を覚まします。そばには自分の世話をするロボットアーム。名前すら思い出せない彼は昏睡から目覚めたばかりでいうことを聞かない体のリハビリをしながら少しずつ記憶を取り戻していきます。 さて、この話は主人公が次第に記憶を取り戻していくことが面白さに直結していくので、これ以上の紹介をするとネタバレになってしまうのですが、しいて言うなら題名にある「兵ル・メアリー」とはアメリカンフットボールで試合の終盤、負けているチームが一か八かの逆転を行うプレイのことを指すそうです(初めて知った)。「一か八かの賭け」という名を持ったプロジェクトとは何なのか、いったい何に負けようとしているのか、何をすれば一発逆転ができるのか、それを主人公グレース(まあ名前くらい言ってもいいでしょう)とともに解き明かしていくのが本作の魅力です。 オデッセイとして映画化された火星の人では、主人公に襲い掛かる苦難を科学知識を駆使して解決していくことを物語としてとても面白く語っていました。今回はさらに謎解きが加わり、観察し、仮説を立て、実験により証明する、という科学の面白さを面白い物語としてしっかりまとめ上げています。 上下巻に分かれてはいますがユーモアがあってそこまで厚くもないので読みやすく、こちらでプロローグを読むことができますので、年末の読書にいかがでしょうか。 ネタバレ厳禁!『プロジェクト・ヘイル・メアリー』アンディ・ウィアー【試し読み】|Hayakawa Books & Magazines(β)